アイ・ラブ桐生 第一部 7~8
八木節競演会には、市内を中心に近隣からも、多数の腕自慢たちが参加をします。
音頭取りたちは、この晴れの舞台に立つために一年間休むこともなく、
独特の節回しと喉を鍛え上げてきます。
年に一度きりの、この競演会の舞台に立つことこそが、八木節の音頭取りと、
踊り手たちに共通している幼いころからの夢でした。
レイコがようやく、戻ってきました。
見るからに、大きなバックを抱えこんでいます。
「家出娘みたいな、荷物だね。」
「駆け落ちするんだもの、このくらいは必要だわ。」
「へえ~、
女が一人で、駆け落ちをするのか? 初めて聞いた。
正確には、逃避行というはずだが・・・・」
「そう言うけど、
あんたの分まで、借りてきた。
M子の兄貴の着古しだけど、何も無いよりはたぶんましでしょう。
急なことなので、万一のことも考えて、軍資金も借りてきた。」
後部座席へ大きな荷物を放り込み、
助手席に乗り込んできたレイコが、さあ行こうと急かします。
・・・ちょっと待て・・・
レイコが自分用の着替えを借りてくるのはいいけれど、
なんで俺の分まで調達をしてくるんだ・・・・
いったい何を考えているんだ、こいつ。
などと、ぼんやりと考えていたら、早くもレイコが
行き先について、あれこれと指示を出しはじめます。
太平洋側(茨城県)は人が多いから、
静かな日本海側(新潟県)へ行きましょうと、勝手に決めてしまいます。
すっかり準備を整えたレイコは、はやく行こうよと助手席ですましています。
お前は・・・、さっきまであんなに泣いていたくせに・・・・
「で、さぁ、あんた。仕事は休める。
できれば3泊くらいは泊まりたい。別にいいでしょう?」
またこれだ。
レイコはいつでも、結論から先にものを言い切ります。
なぜか、可愛らしい表現を意識して避けたうえで、時々、男子のような口調も使います。
本人からすれば、押しつけているつもりなどはさらさら無いのでしょうが、
問答無用の口上には、何故か振りまわされてしまいます
新潟方面へは、国道17号をひたすら走ります。
県境に有る三国峠を越えて、新潟県の湯沢町に入った頃には、
すでに深夜の12時を過ぎていました。
眠くないかい、とレイコに尋ねると
「あんたって人は、事情のひとつも聞かないんだから・・気の利かない人だ」と、
窓ガラスに顔をくっつけたまま、ポツン小さくつぶやきました。
「じゃあ、
何が有ったか聞いてもいいのかよ、お前、困るだろうに?」
「別に、かまわないよ、。」
「突然、浴衣姿で俺の前へ現われたお前は、どう見ても普通じゃなかった。
まぁそれは良いとしても、突然、海が見たいと言いだした。
おまけに、3日も休みをとれという・・・
何が有ったんだ、お前、また失恋でもしたのか?
それとも、またまた、楽器で挫折をしたか。
お前は、運動神経は良いくせに、楽器に関してはからっきしだからなぁ。
ピアノなんか、気の毒なほど下手くそだ。
楽器が出来ないと、保母になるのは、大変だぞ。」
「何で・・・・関係の無いあんたが、そんなことまで知ってんの。」
「風の噂だ。」
「そうかぁ・・・風の噂で、みんな私のことを知ってたんだぁ。
あの日以来あんたは、全然顔も見せないし、連絡のひとつもくれやしない。
私のことなんか、完璧に興味がないんだろうと、本気であきらめていたというのに、
ああ、なんだか損をしちゃった気分だ・・・・
じゃあ、お願いだからもう、その先のことは聞かないで、
何が、あったかなんて。」
「わかったよ。
で、どうする、国道をまっすぐ行って新潟まで行くか。
それとも途中から曲がって、柏崎方面の海にでも行こうか。」
どうせいつものように、「どっちでもいい・・」
とぶっくらぼうに言い捨てるのかと思っていたら、意外なことに言いだした。
たった一言だけ、輪島の朝市が見たいとつぶやきました。
作品名:アイ・ラブ桐生 第一部 7~8 作家名:落合順平