アイ・ラブ桐生 第一章 4~6
「あんなに、助けてって呼んだのに・・」
ドキドキするほど至近距離にまで、顔をよせてきました。
「いつも肝心なときは、ダメなんだから・・」
と、小さな声でつぶやきました。
それで気がすんだのか、少し私から離れて顔をそむけます。
「すこし時間をつぶそうよ。」
「ん・・・」
「まだ、帰るには・・・早すぎるもの。」
予期せぬ事態とはいえ、デモ行進は過激派による突発の暴挙で、
予定よりもはるかに早い時間での解散になってしまいました。
「使えょ」
レイコへハンカチを手渡しました。
「ハンカチなら、私も持ってはいるけど・・」
そう言いながらも、笑顔で素直に受け取りました。
受け取ったもののそれを綺麗に畳み直してから、
自分のポケットへ入れてしまいます。
不思議な仕草をすると思いながら、さらに見ていると、
バッグから、自分のハンカチを涼しい顔で取り出しました。
じゃあ、どうするかと、尋ねてみると
「あなたから初めてもらったプレゼントだもの、大事に、とっておく。」
すました声で答えます。
「そうじゃぁなくて・・・ハンカチの話ではなくて、
時間をつぶすために、どこへ行きたいのか、希望があればそれを考えて言ってください、
と、いう意味の質問だけど」
あ~、なんだそうか、ただの勘違いだと、
目をクリクリさせたあと、レイコがペロッと舌をだしました。
「まかせる。」とたったひと言で終わりです。
あとは地下鉄のまっ暗な窓へ視線を向けて、そのまま黙りこんでしまいました。
まったく扱いにくい・・・・いつでもこういう奴です、レイコは。
・・・そう思いながらも、あまりにも残りすぎた時間を、
なぜかもてあましている自分がいることに、こちらも、初めて気がつきました。
とりあえず、電車と地下鉄を乗り継いで、帰りの始発駅となる、
東武線・浅草駅まで戻ることになりました。
ロマンスカーの時刻表を見上げていたら、横から顔を出したレイコが、
また耳元でささやきます。
「考えることないわよ。
ゆっくり帰りましょう、せっかくだもの、二人で浅草を歩こうよ。
めったにない機会だもの、最終のロマンスカーで帰ろう。」
至近距離に近づいてきたレイコからは、
初めて嗅ぐ甘いお化粧の匂いがしました。
どこどきしている胸の高まりを、わざと低い声で抑えながら
え、1まだ2時前だけど、そんなに長い時間を過ごすわけ・・・・
と応じると、
「そんなに私と居るのが嫌な訳?
わかりました。あなただけ、さっさと帰ってちょうだい。」
と、大きな目をして頬をぷっくりとふくらませます。
最終のロマンスカーは浅草駅発が、午後の9時台です。
そこから2時間かかったとしても、桐生には11時前後に戻れます。
まぁ、たまにはいいか・・・そう決めて、
ふたつ並んだ座席の切符を買いました。
一枚手渡そうとすると、即座にレイコが目で拒絶をしました。
持っていて頂戴と、レイコの背中が命令をしています。
作品名:アイ・ラブ桐生 第一章 4~6 作家名:落合順平