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アイ・ラブ桐生 第一章 4~6

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 それからの先のレイコは、実に自由奔放です。
人のはなしもろくに聞かないで、さっさと横断歩道を渡ってしまいました。
雷門へは曲がらずに、そのまままっすぐ歩いてアーケード街へ消えしまいます。

 勝手な奴だと思いながらも見失う前に、急いで後を追いました。
東武浅草駅から浅草寺へ参拝をするためには、
雷門まで回り込りこんでいくと、
ずいぶんと回り道になってしまいます。
レイコが消えていった正面のアーケード街を抜けていくのが、
ここの一番の近道です。
雷門から一直線に伸びる仲見世通りには、
ほぼその中間部で合流をします。



 板前の仕事の都合でこの近所に有る、
「かっぱ橋」へは良く来ています。
道具街と呼ばれるかっぱ橋の界隈は、飲食店や
調理関係者たちの『聖地』です。
ただし、浅草駅周辺は余り歩いたことはありません。
時間つぶしのために歩いたといえばは、駅の周辺と隅田川の堤防だけでした。
唯一知っている空間といえば、駅と仲見せ通りをつないでいる、
アーケードに覆われた、人波で賑わうこの通路だけでした。




 先に軽い昼食を済ませてから、
二人で仲見世通りを歩き始めました。
右側に回りこんできて、私にもたれかかってきたレイコからは、
髪を洗いたてたような、石鹸の香りが漂ってきます。
初めて真近に嗅ぐ、私の知らないレイコの匂いです。
もちろん、こんな風にレイコと歩くのも、
生まれて初めてのことでした。

 「デートみたいだ。」


 「してるでしょ・・」

 さらに身体をすり寄せてきます。
そんなレイコに引っ張らっれながら、次々と仲見世通りのお店を覗きました。
常設の屋台のような雰囲気があふれていて、
さまざまなお土産品が並んでいます。
レイコは何かを見つけるたびに、子供のように歓声をあげて、
そのままお土産屋さんに駆け寄りました。
嬉しそうに瞳を輝かせているレイコを、こんな真近くで見るのは、
新鮮で、思わずこちらのテンションまで上がりかけてしまいます。
平日の午後とはいえ人出はたいへんに多く、
行きかう人たちを右に左に避けながら
浅草寺への参道を長い時間をかけて歩きました。



 「はじめてかな? お前と歩くのは。」


 「そんなことないわ。私はいつも一緒に、歩いてた。」

 レイコは当たり前という顔をして、ぶっきらぼうに答えます。
「・・・・」私にはまったく記憶がありません、
そんな場面さえ思い出せません。



 「小学校の遠足の時も、一緒でした。
 中学校の修学旅行の時には、私はつとめてあなたの隣を歩いていたわ。
 高校生になったらもう、お互い別々になってしまうでしょ。
 必死で歩いたわよ、あなたは早すぎるんだもの。
 それになかなか背が伸びなくて、チビのままだったもんね、わたしは。」

 「んん、、そうだったけかぁ・・・・」

 「え~!、何にも、覚えてないの!」


 まったくその通りでした。
たぶん意識して、普段からレイコを見ていなかったせいです。
そういえば、あまりにもチビだったレイコが、朧(おぼろ)げながら、
いつも周囲に居たように、やっと甦ってきました・・・・


 「お前、チビ、だったな。」

 「やっと追いついました。」


 今度は、背伸びをしながら嬉しそうに笑っています。
そういえば・・・柔道部の道場から見えた校庭には、
一番手前にテニスコートが有りました。
短いスカートをひるがえして、元気にテニスボールを追いかけている
レイコの姿が、いつもそこにはありました。
そうか、運動部のレイコは私の目と鼻の先に居たんだ・・・・

 演劇部が使っていた部室の隣は、
レイコがいつも居た吹奏楽部の音楽室です。
レイコは、楽器演奏がなによりも苦手のくせに、別の場所で練習をしていた
コーラス部には入らずに、なぜか、吹奏楽部を選び
そこの副部長を務めていました。


 浅草寺に突き当り参拝をすませると、
ごく自然に寄り添ったまま、左へ曲がる道を選びました。

小さな遊具が密集をしている花屋敷遊園地の前を通り過ぎると、
かつて、六区と呼ばれた映画館街の通りに出ました。
レイコは、思い出したように声をかけてきましたが、
抱えこんだ右腕だけは離しません。
人の通りが多くなると、レイコは肩へ頬まで寄せてくるようになりました。
やがて常に、ぴったりと張り付いたままの状態にかわります。



 「田舎じゃぁ、こんなデ―トは無理だもの。
 どっちを見たって、他人ばかりがあふれている大都会だもの。
 私たちのことなんか、誰も何にも気にしていないのね・・・・
 夢みたいだなぁ、こんな風に歩けるの。
 (やっと夢が叶ったし、誰にも邪魔はされないし、今日は最高だ。)
 ねぇ、またどこかに行けたらいいね。
 あんたと、二人っきりで・・・・
 ねぇ、ねぇったら」


 それは、この日のなかで、
レイコが発した、一番小さな声のつぶやきでした。
帰りのロマンスカーの車内では、歩き過ぎてすっかり疲れたのか、
小さな寝息を立てて、レイコが私の肩で眠ってしまいました。
時々、離れてしまうレイコの指先が、すこしだけ戸惑ってから
私の指先を探しあてて、また戻ってきました。

 この夜、山の手通りに有る自宅へ、ちょっとだけ
寂しそうな笑顔を見せるレイコを無事に送り届けたのを最後に、
またすこしの間だけ、
レイコとは音信不通になりました。



(7)へつづく