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20日間のシンデレラ 第4話 何にも焦ることなんかない

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ふわふわと浮かんでようやく陸のすぐそばで止まる。

不自然なぐらい背筋がぴんと伸びた気をつけの姿勢。

それは背も伸び、顔もりりしくなった、けれど無表情の大人の陸。

目の前に立ちふさがる大人の陸。

よってたかって体を引っ張り続ける自分と同じ少年の陸達。

大勢の陸に囲まれる陸。

急に目の前の大人の陸が気味悪く笑い出す。

それを合図のように体を引っ張る少年の陸達も気味悪く笑い出す。

一人だけ無表情の陸。

次の瞬間、全ての陸の顔がぼろぼろと崩れ落ちていく。

大人の陸も、体を引っ張る陸たちも、そして本当の陸も。

真っ白な世界に陸の顔の欠片たちが、気味悪く漂っていく。

どこまでもゆらゆらと。


〇一人暮らしの陸の家 寝室(2010年 現在 )


  陸  「はっ!!」

顔は青白く、目を見開き、何かに怯えたかのように体を震わせながら我に返る陸。

体はぐったりと倒れたまま。

すっかり大人の姿に戻っている。

視界は蜃気楼のようにどこかぼやけて、かすかに認識できる視線の先にはロウソクの火がゆらゆらと揺れている。

ゆっくりと体を起こし、何とかあぐらをかく姿勢になる陸。

  陸  「はぁ……はぁ…………」

激しく息が乱れている。

強張った表情のまま、あたりをきょろきょろと見渡す陸。

日付が書かれた半紙、壁際に寄せられた小さな机、乱暴に置かれているケータイ。

儀式が行われたであろう形跡がしっかりと残っている。

服ダンスを見つける。

目の色を変え、床を這いずる何かの生き物のように必死にそこまで移動する陸。

服ダンスのドアに手をかけ、ごくりとつばを飲む。

手がぷるぷると震えている。

ますます荒くなる陸の息づかい。

そのままの勢いでドアを開ける陸。

ドアの反対側についている大きな鏡が姿を現す。

げっそりとして青ざめた顔の大人の陸が写っている。

力が抜けたかのようにその場に崩れる陸。

土下座をするように床に手をつき、頭をだらんと垂らしている。

がくがくと震える陸の口元。

そこから発せられる、喉がかれたような声。      

  陸  「俺は…………誰だ…………」

ロウソクの火は少しずつ弱弱しくなり始め、小さな部屋に再び闇が訪れようとしている。


〇住宅街(翌日)
  
     
ここからの映像は人も景色も全て白黒になる。

ぎらぎらと日差しが強い日中。

セミが活発に鳴き続け、空には大きな入道雲が出ている。

一人、ふらふらになりながら歩いている陸。

額から流れる汗。

どんよりとした顔。

今にも倒れそうになっている。

  陸  「(…………俺はどこに向かっているんだろう…………)」

歩き続ける陸。

まるで死体が動いているように、生気がない。

住宅街の角を曲がった所で、勢いよく何かと衝突する陸。

弾き飛ばされ尻餅をつく。

  声  「いってー」

急に耳に入る大きな声。

声のする方に目をやるとカッターシャツと黒いズボンを穿いた、おそらく学生であろう

男の子が自分と同じように尻餅をついている。

地面に転がっている学生カバンを拾い立ち上がる男子学生。

陸と目が合う。

すると心配そうな顔で一気に陸のそばに駆け寄ってくる。

男子学生 「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」

そう言いながら陸に手を差し出す男子学生。

その手をとりながら起き上がる陸。

  陸  「あぁ……」

小さい声でぼそっとつぶやく。

真っ白なカッターシャツがまぶしいぐらいきらきらと輝き、よく見ると女性に間違えそうな程、容姿の整った男子学生。

さっきまで心配していた表情が一変して、満面の笑みを陸に向ける。

それを見てなぜか驚いている陸。

男子学生 「あー怪我がなくてほんと良かった……すいません……僕、すごく急いでしまってて…………あっ、やべっ遅刻する!」

ポケットから急いでケータイを取り出し時間を確認している男子学生。

すぐさまぺこりと礼儀正しく陸に一礼して、

男子学生 「ほんとすいませんでしたっ! では僕はこれで失礼します。 また機会があればどこかで」

にこっと笑い、大急ぎで走り去っていく男子学生。

  陸  「……」

再び歩き出す陸。

      
〇恵子の家 玄関前


普通の住宅街の中、一際異彩を放つ大豪邸。

ぼーっと突っ立って恵子の家を見つめる陸。

恵子の言葉が脳裏によぎる。

恵子の声  「元の世界に戻ってきた時、恐らくあんたは二つの記憶を持っている。 けど時間が経つごとに元々あった本当の記憶は薄れて、最終的には完全に忘れてしまうわ。 それがこの黒魔術の呪い。 犠牲よ」 

急に何かに怯えるような表情の陸。

  陸  「呪い……俺の呪い……」

恵子の家のインターホンを押そうとする陸。

しかし途中で、手が振るえ断念する。

またしてもふらっと倒れそうになる陸。

それでも再び歩き出す。


〇小学校 校門前


力が抜けたように金網にもたれ、地べたに座り込んでいる陸。

入道雲がどこまでも続く空をぼーっと眺めている。

  陸  「(忘れる……20日間の思い出を忘れる……忘れる……クラスが初めて一丸となった学芸会を忘れる……忘れる……花梨に転校しやがれーって言った事を忘れる……書き換えられる……親友を……清水を失った……書き換えられる……俺のせいでクラスの学芸会を台無しにした……書き換えられる……花梨を傷つけた……書き換えられる…………花梨を傷つけた…………)」

絶望した顔をしている陸。

  陸  「(俺は結局、同じ過ちを何度も何度も繰り返している…………黒魔術を使っても……何をしても…………この先もどうせ…………)」

抜け殻のようになっている陸。

その場から動かない。

目がだんだんとうつろになっていく。

  陸  「(もう……生きてるのか……死んでるのかさえ……分からない……世界が……灰色に見える…………)」

しばらく経って急に声が聞こえる。

  声  「出雲じゃないか! こんな所でなにしてる?」

驚いた顔で声のするほうをゆっくり見る陸。

少し老けた印象を受けるイダセンが立っている。


〇イダセンの家


イダセン 「まぁ、遠慮せずにあがれ」

頭を軽く下げ家にあがる陸。

ふすまを開けて上品な和室に招き入れるイダセン。

テーブルをはさみお互い向き合うようになりながら、イダセンが先に座布団に座り、その後に陸も座る。

急にふすまが開いてイダセンの奥さんであろう女の人が、麦茶を二人分持ってきてくれる。

イダセン 「おぉ、すまんな。 ここに置いといてくれ」

ゆっくりとテーブルに麦茶を置く奥さん。

うれしそうな顔をしながら、

イダセン 「驚いたよ、たまたま小学校の前を通りかかったら彼がいたんだ。 昔の俺の生徒でね、問題児だったがこうして久しぶりに会うと嬉しいもんだな」

つられるように奥さんもにっこり笑い、

奥さん  「そう……ゆっくりしていってね」

そう陸にやさしく声をかける。

  陸  「はい……」

小さくつぶやくように返事をする陸。

部屋を出て行く奥さん。