茶房 クロッカス 最終編
その日の夕方、5時を少し回ったところだった。
思いがけない人物が店にやって来た。
カラ〜ン コロ〜ン
いつものカウベルの音に俺がふっと顔を上げ入り口に目をやると、俺が声を出すより早く沙耶ちゃんが言った。
「いらっしゃ〜い! 良くん」
仕方なく一歩遅れて(こんなことで張り合ってどうする!)俺も声を掛けた。
「やぁ、良くん、いらっしゃい! 珍しいねぇ」
「やぁマスター、今日は珍しく仕事が早く上がれる日なんですよ。だからこの後、沙耶ちゃんとデートの約束なんです」
そう言うと良くんは沙耶ちゃんにバチンとウィンクをして見せた。
沙耶ちゃんに返事するより先にまず俺に挨拶をする、そういう若いに似合わない彼の律儀さを俺は好ましいものを見る目で見、笑顔になった。
「アハハ……、良くんは沙耶ちゃんのことが本当に好きなんだなぁ〜」
「もう! マスター、余計なこと言わなくていいから」
そう言いながらも沙耶ちゃんは、頬をうっすら桜色に染めている。
「ハイハイ分かりましたよ!」
《二人とも、若いっていいなぁ〜》なんて考えていてハッとした。
《あっ、いけない! このままだと良くんの前で沙耶ちゃんに俺たち二人のことを報告することになっちゃうなぁ。参ったな〜》
そんな俺の胸の内なんて二人は知らないから、デートの内容をどうするかについて楽しそうに話している。
俺は落ち着かず、時計ばかりを何度も何度も見てしまった。
そして、ついにその時がやってきた。
作品名:茶房 クロッカス 最終編 作家名:ゆうか♪