茶房 クロッカス 最終編
俺は自宅に帰ると、久々に仏壇の前に座った。
ろうそくと線香を供えると、リンを打ち鳴らした。
リーーン リーーーーン
心を休める音が部屋中に響く。
俺は久しぶりに、あの世の親父とお袋に話し掛けた。
親父、お袋、俺、報告してなかったけど、今度、結婚することにしたから。
ずーーっと俺が会いたいと思ってた人だよ。やっと出会えて、おまけに娘までできるんだ。
その上、その娘は俺と一緒に結婚式を挙げることになってる。
こんな嬉しいことが俺の身に起こるなんて、本当に信じられないくらいだよ。
以前お袋が、夢で俺に言ったよな。きっと運命の人に会えるって。
でも正直俺、信じてなかったよ。だけど本当だったんだね。嬉しいよ。
結婚式には、二人にも参列して欲しかったなあ。言ってもしょうがないことだけど……。
親父だって、俺の花嫁さんを見たかっただろう?
お袋だって、俺の子供を抱きたかっただろう?
どうしてあんなに急いで逝っちゃったのかなぁ……。もっと長生きすれば良かったのに……。
でもあの時俺は、人ってものが少し分かった気がしたよ。
人は一人では生きられないってこと。誰かに支えられて生きているってこと。
そんなことを店の常連さんたちから教わった。
あの人たちがいてくれたから、俺は今日まで生きて来れたんだ。だからみんなにはとっても感謝してる。
感謝するって大切なことだということも、あの時に知ったのかもな。
そして、今日はまた新しいことを知ったよ。
この世に生まれるものは、命だけだと思ってた。
でも違うんだな。それだけじゃない。友情も愛情も、そして人生も……、その都度新しく生まれてるんだ。
この世に新たに生まれてくる命はもちろん尊いと思う。
実際、今日は礼子さんの赤ちゃんを見てつくづく思ったよ。
命の誕生は素晴らしいことだけど、それを喜ぶ者にも幸せを与えてくれる。それが何より素晴らしいことのように思えたよ。
人に幸せを与えるもの、それは命であり、友情であり、愛情であったりする。
それらは、人が生きていく上で色んなところで支えてくれるんだ。
俺が今回結婚することを、あんなに喜んでくれたみんな。
そして、みのさんの成功を皆で喜べる幸せ。
みのさんには、新しい人生がこれから始まるんだと思う。
それも生まれるってことだよね。
俺は一人だけど、独りじゃないんだ。そして、もう少しすると本当に一人じゃなくなるんだよ。
親父、お袋、少しは安心できたかな?
俺、自分も勿論だけど、これからは彼女を幸せにするように頑張るよ。そして、必要とされる人間になりたいんだ。
人ってさ、誰かに必要とされて初めて、生きていることを幸せに感じるんじゃないかな。そう思うんだ。
だから俺は彼女に必要とされたい。そして、俺には彼女が必要だ。
親父、お袋、もう少しだけ、遠くからでもいいから見守っていてくれよなっ。
昇る線香の煙が、突然ゆらゆらっと揺れた。
親父とお袋がふふっと笑って、その息が線香の煙を揺らした。俺にはそう思えていた。
作品名:茶房 クロッカス 最終編 作家名:ゆうか♪