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茶房 クロッカス 最終編

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 コーヒーを待つ間、淳ちゃんがトイレに立ち、席に戻る時にカウンターの上のパンフレットを目にした。
「あれっ、誰か結婚するの?」
 俺と沙耶ちゃんは思わず目を見交わした。
「どうかした?」
 俺たちが二人とも返事をしないものだから、淳ちゃんは不思議に思ったようだ。
「うぅーんと、実はだなぁ……」
 俺はどこから話そうかと考えた。

 ちょうどそんな時だった。
「マスター、マスター! やったよ!」
 ドアのカウベルが飛んで行きそうな勢いでブランブラン揺れて、いつもの穏やかな音色はどこへやら……。
 ガランガラン! と、せわしなく低音の激しい音を響かせた。
「みのさん、一体どうしたんですか? そんなに息せき切って。カウベルが壊れたら弁償してもらいますよ!」
 そう声を掛けると、俺はニヤリと笑った。
 彼は暮れのクリスマスパーティーに参加したのをきっかけに、週に二回ぐらいの割りで店に来てくれるようになっていた。
「あ、ゴメン! マスター。すごく嬉しいことがあったんですよ。マスターにはいの一番に知らせたかったから、走って来たんです」
 ハァハァと息をつくみのさんに、沙耶ちゃんがお冷やのグラスを手渡すと、グラスを思いっきり傾けてみのさんはゴクゴクとその水を飲み干した。
「う〜っ、沙耶ちゃんありがとう。何とか人心地ついたよ」
 俺も沙耶ちゃんも、そして花屋夫婦も、呆れたようにみのさんを見ている。
 その視線にようやく気付いたのか、頭を掻きながら照れくさそうに言った。
「やぁ、礼子さんたちもいらしてたんですねっ。それにしてもお揃いでどうしたんですか?」
 そう言ったすぐ後、礼子さんの腕に抱かれているものを目にして奇声を発した。
「オーー! やったー!! 生まれたんですねっ。おめでとう!」
 そう言うとみのさんは、礼子さんの腕の中で眠る赤ん坊の顔をそっと覗き込んだ。
「可愛いなぁ。淳ちゃんどうですか? 父親になった気分は?」
「もうこれ以上の幸せはないくらいに幸せですよ。まして今回は俺、礼子の出産にも最初から最後まで立ち会いましたからね。おかげで礼子がイキム時は、俺まで一緒にイキンダりして、この子がポロッと出て来て『フォギャー』と産声を上げた時は、心底ホッとしてどっと疲れた気がしましたよ。実際に頑張ったのは礼子なのにねっ。アハハ」
「へぇ〜そうだったんですか。私にも覚えがありますよ。もうずいぶん前だし、立ち会ったりはしていないけど、初めて我が子に対面した時は、やはりかなり感動しましたね。あぁ〜これが私の遺伝子を受け継ぐ分身か〜ってね。アハハ、子供の誕生はどんな親にとっても嬉しいことですよね」
「それはそうと、みのさん。俺に知らせたいことって?」
「あーそうでした。実は、少し前にマスターに読んでもらって感想を頂いた作品、……覚えてますか?」
「あぁ、闇の物語のことですか?」
「そう、それです。それをある出版社の公募に出してみたんです」
「ほう〜」
「そしたら何と大賞に選ばれたらしくって、さっきその出版社の担当の人から連絡があったんです。いよいよ私の書いた物が本になって世に出るんですよ!」
「きゃ〜素敵〜!」
 沙耶ちゃんがスターに憧れるファンのように、瞳をキラキラさせてみのさんを見た。
「いや〜」
 みのさんは意外にシャイな一面を覗かせて、はにかんだ。