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茶房 クロッカス 最終編

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 そしてまた新たな月を迎えた。
 草木も一層青々と輝く五月。

 五月に入って一週間が過ぎた頃、いつもののんびりタイムを沙耶ちゃんと二人で過ごしていた。
 最近の二人の共通の話題は、結婚式の場所についてだった。
 その日も沙耶ちゃんが、また新しくもらってきたパンフレットをカウンターに広げている。
「あっ、これ素敵! あぁ、でも料理はあっちの方が良かったかなぁ」
 ぶつぶつ言いながら、時々俺にも意見を求めてくる。

 そんな時、ふいにカウベルが来客を告げた。
 カラ〜ン コロ〜ン
 俺たちが入り口の方を見ると、赤ん坊を抱いた女性と、その人を労るように寄り添った男性が、二人仲良く入って来た。
「オオー! 生まれたんだ〜!」
 俺は嬉しくなって「いらっしゃい」を言うのも忘れて叫んでいた。
「マスター、見て見て〜! 可愛い〜」
 沙耶ちゃんは早くも赤ん坊の顔を覗き込んでいる。
「もう沙耶ちゃん。二人に椅子を勧めるのが先だろう」
 俺の言葉に沙耶ちゃんがペロッと舌を出す。
 そう言いながらも俺も、沙耶ちゃんと一緒になって赤ん坊の顔を覗いた。
「わぁ〜、これは色白の別嬪さんだ! この子はまさしく礼子さん似だね」
 俺がそう言うと、礼子さんは「ふふふっ」と笑い、そばで淳ちゃんも照れたように笑っている。
「――あぁ、ごめん、ゴメン。さぁ掛けて」

 赤ん坊もいるので、二人にボックス席を勧め、俺もちゃっかり一緒に掛けた。
 沙耶ちゃんがお冷やを二つ持って来て、俺を見習ってそのまま礼子さんの隣りに座った。
「お産、大変でした?」
 沙耶ちゃんが尋ねた。
「えぇ、そりゃもう大変なんてもんじゃなかったわ。もう腰が砕けるんじゃないかと思う程で、もう二度とお産なんてしたくないと思ったわ」
「へぇ〜〜そんなにぃ? 何だか怖くなっちゃうなぁ。でも薫は割りと楽だったみたいだけど……」
「あ、薫ちゃんも生まれたのね! 同級生になるんだわ。ふふっ」
「あ、そうですねっ」
「だけどね沙耶ちゃん、お産は確かに人によっても大変さは色々かも知れないけど、逆に生まれた時の感動と喜びは、誰も皆一様に、何物にも代えがたいものがあると思うのよ。自分の中から全く新しく命が誕生するんだもの。信じられないくらい奇跡的なことよ。おまけに生まれた子には、私たちの遺伝子をちゃんと受け継いでいるってことが歴然と現れているの。あぁ、この口元は、あなた似ね! 可愛い目は私似よ! なんてねっ。本当に何もかもが幸せに満ちてるって思えるの。ねっ、あなた」
「あぁ、そうなんだ!」
 興奮したように雄弁に語る礼子さん。
 そこには母となった女の強さが感じられ、それに引き換えほとんど無言で、ただ彼女と赤ん坊をにこやかに見守る淳ちゃんの瞳は、父親となった男の優しさと温かさが溢れていた。
「いつだったか、礼子さんが切迫流産になりそうになったことがあっただろう? あの時は焦ったよなぁ、淳ちゃん」
「あぁ、あの時は悟郎ちゃんがいてくれて本当に助かったよ。でも今となっては、それも思い出話だなぁ」
「あぁ、そう言えばそんなこともありましたねぇ」
 沙耶ちゃんも思い出し、口を挟んだ。
「あぁ、あれはまだ沙耶ちゃんが来て数ヶ月の頃だったかなぁ? 時が経つのは本当に早いもんだなぁ」
 俺たちは束の間、あの時の淳ちゃんの慌てぶりや、その後の病院でのことを思い起こしていた。
「あ、せっかくだから、久しぶりに悟郎ちゃんの特製コーヒーが飲みたいなぁ」
「ああ、うっかりしてた。すぐに淹れるよ」
「あっ、私にもねっ」
 礼子さんが追随した。
 俺は、いつものように指でOKサインを作って礼子さんに微笑むと、急いでカウンターの定位置に戻り、二人のために特製コーヒーを落としにかかった。