茶房 クロッカス 最終編
「ごめんね、沙耶。私たちが再会したのはほんの少し前なのよ。確かにその後、今日まで黙っていて悪かったわ。でも勘違いしないで。悟郎くんは私と沙耶が母子だとわかった時点で、沙耶に、付き合っていることを話そうと言ってくれたの。真剣に将来のことも考えて付き合いたいからと言ってくれて……」
優子は恥ずかしそうに一瞬視線を床に落としたが、すぐにまた顔を上げ続けた。
「――でもね、お母さん不安だったの。沙耶も覚えていると思うけど、別れたお父さんから受けた暴力。その時の恐怖が、お母さん今でも抜けてなくて、男性を本心から信じることができないのよ。最初は優しくても、何かのきっかけでこの人も変ってしまうかも……って、そんな風に考えてしまうの。だからこそ今まで誰とも付き合うこともしなかった」
そう言った優子の顔には、一瞬だけ悲しみが過ぎった。
「――でも悟郎くんに再会して、何度か会ったりしたけど、不思議と怖いと感じなかったの。だからもしかしたら、悟郎くんとなら大丈夫なのかなぁ〜って少しだけ考えた。でもね、ずっと二人きりで暮らしてきたから、沙耶にとっては、お母さんがよその男性と付き合うのはショックなのではないかと思うと、なかなか言い出せなかったの。本当にごめんネ!」
「あっ、それってもしかして……、この前、薫ちゃんが退院の日に店でお祝いをした時に、マスターが変なことを聞くなぁ〜て思ったけど、そのせいだったの?」
「あぁ、そうなんだ。あの時、優子はまだ沙耶ちゃんには内緒にして欲しいと言ったけど、俺は本当は言いたくてうずうずしてたんだ。だからあの時は、ちょうど良い機会だと思って尋ねたんだ。でも沙耶ちゃんがあの時、俺がお父さんなら良いと思ってたって言ってくれたから、だから今日こうして二人で報告することに決めたんだよ」
「あぁ、そういうことだったんだ」
良くんがやっと納得いったという風に頷いた。
「――沙耶ちゃん、良かったじゃないか! これって、沙耶ちゃんに新しいお父さんができるかも知れないってことだよなっ。ということは……」
そう言うと良くんは何を思ったのか、にやりと笑った。
「良くん、期待を裏切るようで悪いんだけど、俺たちがもし結婚するにしても、まだもう少し先になりそうなんだ。もちろん俺は早い方がいいんだけどなぁ」
俺は良くんにそう言った後、優子の顔をじっと見た。
「そうなんですか。でも結婚を前提とした付き合いってことですよねぇ?」
と、良くんが確認するように聞いてきた。
「結婚前提なんだ……」
沙耶ちゃんがぽつりと呟く。
「なんだよ! まさか沙耶ちゃん、反対なんて言わないよなぁ?」
良くんが沙耶ちゃんの呟きを漏らさず捉えて言った。
俺と優子が最も知りたいことでもある。
作品名:茶房 クロッカス 最終編 作家名:ゆうか♪