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アガペー 〜あるAV女優へ〜 (後編)

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 そしてその小瓶を下からライターで炙るように言いました。
 私は紅茶に入れる砂糖か何かなのかなと半信半疑のまま、恐る恐る言われたとおりにしました。
 小瓶の中に白い煙が発生しました。
 彼女はその小瓶を自分のほうに差し出すように言いました。
 いつの間にか彼女は紙で作ったストロー状の細い筒を手にしていて、小瓶の中で優雅に揺らめく白い煙を吸引し始めたのです。
 私には何をしているのかさっぱりわかりませんでした。
 その時は本当に何もわからなかったんです。
 正直に言うと、その光景は映像として記憶に残っているわけではありません。
 一番最初の日のことはほんの少ししか思い出すことが出来ないんです。
 覚えているのはぼんやりとした赤い何かと、彩赤さんの暗い声色。
 初めて見た、彩赤さんがサングラスを取った時の顔、瞳。
 彼女は斜視で瞳が正面には据えられておらず、私は初めて見たときハッと息を飲んでしまい、彼女はとても不安そうな表情をその額に浮かべました。
 
 彼女は私にも真似するように言いました。
 大きく息を限界にまで吸い込んで、微弱な痙攣と共にしばらく息を止め、そしてゆっくりと吐き出す。
 ガラス瓶の中に巻き起こる艶かしくて濃い白は、この体内に入るや否や全霊を沸々と蘇らせる。
 残骸となって吐き出される貧弱な白い煙は弱気な魂にも似ていて、猛々しくそそり立った全霊には相応しくないものとして排泄され、自我は次第に濃度を濃くしていく。
 そしてその時点から、今までに味わった事のない全く新しい苦楽を背負わされることになるんです。
 
 私は沈黙が我慢できずに言葉を探しました。
 そして聞きました。これはなんですかって。
 
 成り行きとかはおぼろげであまり詳しく覚えてない。
 ただ悲しいことが起きてしまったと思いました。
 何か申し訳ないことをしてしまったと思いました。
 私の人生はその日をもって分岐し、新しく生まれたレールに乗せられて新しい世界を生きるんだと思いました。
 前の私に会いたくなる日が来るんじゃないかって心配にもなりました。
 窓を開けると木漏れ日は不健康に眩しく、不快な手招きを伴なう不都合なものでした。
 私は一度気を失ってしまったんですが、気がつくと目の前に裸の彩赤さんがいて、その背中には大きな純白の翼が備わっていました。
 私はその翼からこぼれ落ちる羽根をみすぼらしく拾い集め、全ての羽根に愛おしく頬擦りをしていました。
 それが覚醒剤によって最初にもたらされた恵みです。