アガペー 〜あるAV女優へ〜 (後編)
小野はこの沈黙には同調すべきかどうか少し迷った。
うららの様子を見ていると、もう彼女から言葉が搾り出されることはないかもしれない。
適当な言葉が何なのかはわからないが、何か声をかけてあげるべきなのかもしれない。
「牧師さん達はきっとうららさんの力になってくれると思いますよ。僕自身も少し前にとても悲しいことが起きました。その時には随分励ましてもらったんです。僕は聖職者ではありませんし、神様のことも詳しくはわかりません。でも、彼らも教義に倣って一方的に説教をしてくるわけではなく、彼ら自身の言葉で応えてくれるんですよ。うららさんの考えをしっかり述べれば、きっと理解を示してくれるはずです」
うららは下を向いたままピクリとも動かなかった。
髪の毛が邪魔で表情も窺えない。
少しずつ気遣いも交えてくれながら、打ち解けてきたような印象を受けていたが、今は圧倒的に生命力がない。
まぁ、無理もないか。彼女なりに話の筋立ても考えてきたのだろうし、それを長い時間かけて全て話し終えてやっとゴールを迎えたんだ。
「僕も最後まで集中して話を聞かせていただきました。今までに聞いたことがないような話が多かったので、少し戸惑いもありましたが、うららさんの切実な気持ちは十分に伝わってきました。誰かに聞いてもらうことで、肩の荷が下りたり、責任感が強くなったりと、良いこともたくさんあると思います。僕に出来ることであればこれからも力になりますので、遠慮なく連絡ください」
うららはまだ動かない。
その時、店の入り口のドアが開いた。男ばかり五名の団体客が店に入ってきて、禁煙エリアに通された。
やがてうららはゆっくりと顔を上げ、眠たそうな目でぼんやりとその客たちを眺めた。
作品名:アガペー 〜あるAV女優へ〜 (後編) 作家名:krd.k