アガペー 〜あるAV女優へ〜 (後編)
十一 彩赤
嘘は生きている。育つ。自分の口から産まれても、他人の口から産まれても、育ち続ける。
その子にもよるんだけど、すぐに衰滅していく子もいれば、どんどん肥大化していく子も。
私は大人になるまで、嘘が目に見えないものだなんてとてもじゃないけど。
匂いはしないんだけど、ウヨウヨとまとわりついてきて、何か気持ちの悪いガスのような霧のようなものだと。
小さい頃の私はいつも手で追い払っていた。あっちにいけって、消えて無くなってくださいって。
それでもなかなか消えてくれない。だからパパにお願いしてみたりも。これ追い払ってって。
そしたらパパはいつも笑ってた。大丈夫だよって頭を撫でてくれたりも。
でも私には全く意味がわからなかった。大人になると慣れっこになって、こんな気持ちの悪いものにつきまとわれても気にならなくなるのかなって、いつも不思議な気分に。
嘘が育ち始めると、タチの悪い子は本当に厄介で、お部屋いっぱいに広がるときも、窓やドアの隙間からはみ出してモクモクと広がっていくときも。
自分が産んだものでない子の時は、本当に呪いたくなる。なんでこんなものを私に浴びせたのか、付着させたのかとか考えてたら不愉快で頭がはちきれそうに。
でも呪ったところで大きくなるのは止められないから、うんざりしたまま憂鬱に過ごして消えるのを待つ。次第に小さくなってくると粘っこさはなくなってサラサラに。
自分が産んだ子の場合は早く消えてくれるようにお祈りしてた。とても邪悪なものだから。人ともなるべく近づかないようにして、うつさないように気をつけたりも。
私のイメージではあなた達の言う深緑だとか灰色だとかそんな色じゃないかなって思ってたけど、結局は目に見えないものだった。
パパはそれをマボロシだって。
マボロシって無いものが在るように見えることをいう?
でも私の世界では、嘘はマボロシなんかじゃなくて本当に実在するもの。
確かに触ったりは出来ないし、匂いがあるものでもないんだけど、実際に私達と同じように存在するもの。
作品名:アガペー 〜あるAV女優へ〜 (後編) 作家名:krd.k