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アガペー 〜あるAV女優へ〜 (後編)

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 よって正義とされた。
 俺は人助けをしたような気持ちになり、勇十赤の安らかな死に顔を前にしてとても神聖なことをしたような感覚になる。
 未だかつて経験したことのない開放感。この時点でもまだ自問はしない。
 世界の見え方が急激に変わるんだろう。網膜に新しいフィルムを貼られて、今まで見えてなかったものがたくさん浮かび上がってくる。
 そして、全く新しい世界を獲得する。ゲームにクリアしたような達成感もある。
 いつの間にか天使や聖霊達からの拍手喝采に包まれて、あたりは穏やかな光で溢れかえり、昼も夜も痛みも苦しみもない世界についに招待されたり。
 などと。
 まさか殺しはしない。殺すわけなどないんだが。

 雨が来た。雨粒が天井にトンッと跳ねて音が鳴る。トン……、トントン……。
「エンジンをかけて、暖房を入れましょう」勇十赤がかすれた声で呻くようにつぶやいた。
 わかりましたと答えエンジンをかける。空調が徐々に暖かい空気に変わっていく。車内が温もってくると妙な心境も変わってくるってもんだ。
 しかし何か体調でも崩したのだろうか、勇十赤の様子が少しおかしいようにも思える。
 横たわったままの彼の姿はあまり見たことがない。
 雨が車の天井をバンバン叩き始めた。徐々に数が激しくなる。割と大粒の雨だ。まさかこんな雨になるとは思ってもみなかった。 
 先ほどの静寂とは打って変わって、あたりは一面雨の音で覆われる。
 勇十赤はしばらく起き上がりそうにない。
 鬱屈した気持ちのまま、路面と車体を殴打する雨の音と海の闇。
 完全に包囲された。
 また木っ端のように漂うしかない。
 もう一度殺してもつまらない。