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アガペー 〜あるAV女優へ〜 (後編)

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    九 勇十赤

 支配、暴力、愛、友情、誇り……。全部なくなる。この世から消えてなくなる。
 片方を片方の代償として、消し合っていくことで育まれ登りつめる。
 労働が無くなり、貨幣が無くなり、競争が無くなり、世界が無くなる。
 今を生きることに集中し、時が来ればサヨナラも告げずに終わりを迎える。
 随分と心は整理され、荷物も少なく身軽になった。
 海や空や木々への興味も失せて、人はそこから姿を消す。森は隆々と生い茂り、山にも神々が舞い戻り始めた。
 未来と過去はついに結ばれ、円になった。
 しかし未来の代償として過去を得ることは出来たものの、永遠という絶望に臥すことになり、そこで文明は時間の概念を捨てることになる。
 発展を放棄し、過去を辿って自らのルーツだけを研究し、分析し、納得し、消える。
 だから彼らは常にこちらを見ている。
 何から何まで全部知っている。
 映像や音声で記録が残ってるとか、在るとか無いとかは関係ない。
 表に出るとか出ないとか、部屋の中にいるとかいないとか何も関係ない。
 子孫を残したとか残してないとかも関係ない。
 隠すとか隠さないとか、隠れたとか隠れてないとかも何も関係ない。
 親を知らない人間のことも、堕胎された人間のことすらも、彼らは全てを知る力を手に入れている。彼らはすぐに我々の日常全てを知ることが出来る。我々の情報は単なる餌として食まれている。
 それは我々と同じ人間の手によって掘り起こされ、同じ人間の脳で理解し認識されている。

 穏やかな波の音に匹敵するものが何なのかを知りたい。
 この心地よさを代償として消し去ってまで、何を得るべきなのかを知りたい。
 僕は視覚の代償として音を授かったわけではない。感覚を授かったわけではない。
 波はその音だけでも十分に安らぐ事が出来る。だから、今さらその景観が欲しいなどとは言わない。
 波が発する音のみに対する代償。感覚は取捨選択の自由がある。波に触れてなければ、僕の場合は聴覚のみを使って浮き彫りになる泡沫の揺らぎがざわめく音を聴くだけだ。
 自然に応えるのも人間に応えるのも、僕にとっては何も変わらない。
 波打ち際に立ったとき、波が足下を通り過ぎたとき、その時の波の勢いや高さや強度といったもので、僕は波の意思を感じるし、海からの意思を伝え聞く。