アガペー 〜あるAV女優へ〜 (前編)
三 浜辺にて
永遠に……ってことはないか。でもまぁ、ほぼ永遠に繰り返される海の波。
いつかと同じ形の波が放たれることもない。
悠久の時の間、気が遠くなるほどの回数、全てのターンで異なる波を送り出してきた。
一番最初の一滴から始まり、この海の水が全て干上がるまで、最後の揺らぎが最後の一滴に影響を及ぼすまで、全てが神の完全オリジナルだ。
人間や動物、草木もそうなんだ。自分だって永遠分の一、完全にオリジナルだ。
くわしいことはわからないが、無限なんて単位じゃないんだろう。そういう概念じゃない、全てが全てと同じじゃない道理がその御心の中にはっきりと確立されているに違いない。だから神を数字で追っかけても無理なんだろう。
認識の向こう側。宇宙に果てを用意したのも実に神らしい。確認出来ない果てを確認させた。そこからはもう人間どもがやりたい放題だ。
神とは一体どういう存在なのか。
この大海原……、ボケーッとしながら……、穏やかに暮れなずむ晩秋の空とセットで眺めていると、少しずつだが心地よくはなる。
車の時計は十六時五分と表示されている。
運転席のシートを倒してくつろぐわけにもいかない。
後部座席の盲目の男は、サングラスをして黙り込んだまま一向に動く気配がない。
都心から高速道路を使って約二時間、会話の全くないロングドライブを終えて海岸沿いの国道に車を停めた途端、例によって”待て”のサインだ。
この男は節目節目で必ずその動作を止める。
今回もどうするか尋ねようと振り向いたら、機先を制するように彼の手の平はすでにこちらに向けられていた。そのまま何をするわけでもなくじっと何かを考え続けている。
会話は必ず俺で終わり、始まりは彼からと決まっている。
こっちから話かけても返事が返ってくることはない。
普段は要件を伝えるだけの一方通行だ。そして彼はおそろしく口数が少ない。ロングドライブともなれば事のほか退屈だ。
でもまぁ、行動を共にするにあたって多少の暗黙のルールはあるが、雇う側と雇われる側というお互いの立場がはっきりしているのでその程度のことは我慢出来る。
作品名:アガペー 〜あるAV女優へ〜 (前編) 作家名:krd.k