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アガペー 〜あるAV女優へ〜 (前編)

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    四 ニルヴァーナ

「売人が盲目の女性だったんですか?」小野は思わず問いただした。
「はい」うららは俯いたままとても苦しそうに返事をして、氷が溶けて薄くなったコーヒーをストローでゆっくりかき混ぜ始めた。
 小野はそっと視線を落としてうららのグラスに目を留め、それがやがて彼女の口元までゆっくり運ばれて静止し、再度テーブルの元の位置に戻されるまでを追った。
 全てを信じるわけではない。
 過去に話を聞いた元覚醒剤経験者達も、自分の話にのめり込んでしまうとつじつまが合わなくなり、理解し難いと思えることが何回かあった。
 虚言だと決めつけるわけではないが、小野はうららの心境を推し量って、いくつかの可能性を模索した。
 それが覚醒剤を経験したことがあるからなのかどうかは分からないが、話の内容からしてもうららはかなり独創的な女性なようだ。
 しかし今まで二時間あまり、わき目も振らずに話し続けてきた彼女はやはり話を聞いて欲しい一心であったに違いない。暇つぶしに遊びに来たわけでも、ちゃかしに来たわけでもなさそうだ。彼女の熱心さは十分に見て取れた。
 それにしてもドラッグの売人が女性であるというのはまだしも、加えて盲目というのはとてもじゃないが現実的だとは思えない。購入方法や受け渡し方法が通常はどういう風に行なわれるのか小野には分からなかったが、盲目の女性がどうやって周りを警戒し、相手を判別し、売買を成立させることが出来るのか全く想像がつかなかった。
 魔法について話し始めた時も小野はただ頷くことしか出来なかったが、やはり話が少しずつエスカレートしていってるように思えていた。だが友人の牧師から、妄想や幻覚、幻聴の話は素直に聞き入れてあげたほうが良いという助言を聞いていたので、途中でこちらの原則を挟むべきではないと考え、沈黙に徹していたのだった。
 うららがその盲目の女性のことを話し辛くしているのも容易に見て取れた。
 それでも、彼女の前向きな姿勢からは、話をはぐらかして席を立つという感じは今のところ見受けられない。
 告解はこれから始まるという風だった。

 小野はいつの間にかガラガラになっていた店内に気付き、そっと見渡した。
 禁煙エリアには小野とうらら以外に誰もいなくなっていた。
 小野は少し不思議な気分になった。
 この店の周りには大きなマンションが群を成して立ち並んでおり、大企業のビルもいくつか散見出来た。
 客が一人もいないというのは妙なエアポケットだなとも思ったが、これからボチボチ混み始めるんだろうと思い直した。
 ちょうど夕食前の時間帯だ。そろそろ太陽が沈み始める。
 
 うららは不安そうな表情を浮かべていた。話について来れているかどうか、またこれから話を続けること自体に意味があるのかどうかといった様子で。
 そして小野はうららが出方を窺っていることに気付き、咄嗟に「ちょっと、今までにないケースですね」とだけ言った。
 うららは予定調和的な沈黙を少し挟んで静止した。
 目も閉じられている。
 小野も沈黙に同調する。
「彩赤さん……。彩るに赤という漢字を書いて、さやかさんという名前の女性で、歳は私の二つ上ということでした」と、うららは言った。