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アガペー 〜あるAV女優へ〜 (前編)

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 まだ外は思ったより寒くはなく、風もそんなに強くない。コートを着てると暑いくらいだ。
 お天道様はちょうど半分くらい浸かってしまわれた。
 見事な夕焼けのコントラスト。希少な雲を巧く利用して見事なグラデーションが達成されている。
 メインビーチとは少し離れた場所柄のせいか人の姿はほとんど見えず、ぐるっと見渡しても国道沿いを走るランナーが一人と犬の散歩中の婦人が一人、浜辺の女は途中で座り込んでしまい鮮やかで壮大な夕焼けを前にオブジェと化している。

 この男と一緒に歩くときはペースを合わせるだけで、手を繋いだり体を支えてあげたりといったことはしない。
 白杖(はくじょう)と呼ばれる杖が左右に振られ、その音が静かに響く。
「今二メートル手前です。……はい、着きました。そのまま腰を下ろしてください。背もたれもあります。寒さは大丈夫ですか?」
 返答はない。
 すでに少し前から瞑想のようなものに入り込んでいる様子で、車から降りて歩いている時からそのような兆候は見受けられた。
 背筋がスラッと伸びて、少しだけあごを引き、表情が強張る。
 何かに緊張しているようにも見えた。
 盲目の人間は怒りの表情を上手く造れないと聞いたことがあるが、正直なところ彼にはそんな技を習得して欲しくないように思える。
 痩せこけた頬に青白い肌。どこか超越的で繊細な鋭さを持つ彼は寡黙も手伝ってか、相対する人間に対して一段と緊張感を感じさせる。
 濃いブルーのサングラスは生まれてから一度も焦点が合わされたことのない瞳を隠すためのものだ。
 顔面が向けられている方向はもちろん視覚的な対象物に向けられたものではない。
 ある種、異様でもあり神秘的ともとれる出で立ちに少し見とれていたい気もするが、これ以上彼の邪魔をするわけにもいかない。
 要件だけ伝えてその場を離れる。
「では車に戻ります。何かありましたら携帯に電話ください。もし二時間経っても連絡がないようでしたら一度車から降りて参ります。では」
 返答は待たずに背を向ける。

 車まで戻り、ドアを開閉する音を聞かせて安心を与える。車のエンジンも切ることにした。とりあえずの休憩が始まる。
 基本的に休憩中は車内で過ごすものだと決まっている。彼は目が見えないのだから勝手に周りをウロウロされるのは落ち着かないんだろう。尿意を催したときに一度だけそうっと車外に出たことがあったが、すぐに携帯に電話がかかってきて「何かありましたか?」とくる。
 自由な時間といっても車内だと出来ることは限られていて、読書するか寝るくらいのもんだ。
 あいにく今日は本も雑誌も持ってきていない。
 帰りの運転のことを考えると、ここは少しでも眠っておきたいところだ。
 シートを少し倒して体をリラックスさせる。そしてボーッと外の景色を眺める。