D.o.A. ep.17~33
ヴァリム洞窟の一件は、一般の国民には特に知らされることもなく、日々は何事もなく過ぎていくように思われた。
しかし、ある日突如、予備役の動員が決定され、各人に通達書類が届けられることになった。
なかなかの混乱ぶりであった。どの町でも大騒ぎの様相を呈した。
一体どこと戦いを始めるのか?と思ったが、ロノアと戦争を起こそうとしている国などあてがなかった。どの国とも関係はおしなべて良好のはずだった。
けれども知らないだけで、密かにどこかと悪化していたのかもしれない。
予備役たちは、国王からの命令では従わざるをえず、あわただしく仕事をきりあげた。
「陸軍元帥、ホーネッカー=ラドフォードである!この度は突如動員が決定され、諸君らの中にはさぞ不安を覚えている者も多かろうと察する。
しかし、不安など忘れるほどの、厳しく激しくつらい訓練が、諸君らの日常となる!だが、ただ我武者羅に努力すればいいものではない!適切な疲労と痛みを乗り越えたその先に、諸君らは戦闘員として完成するのだ!
現役の諸君らも、予備役に比すれば一日の長があるであろうが、今までの平和ボケした日々でこなした数と、これからの訓練は段違いであるということを、心せよ!」
第3大演習場。
壇上にて訓示をならべあげる陸軍大将ホーネッカー=ラドフォード元帥は、ライルが会ったこともないような、武成王を除いては最高級武官である。
この第3大演習場は、25年前王都の北西に設けられた軍事施設だ。
今日は全員、軍服着用が義務づけられ、一面が夥しい瑠璃紺色で埋め尽くされている。
ライル、リノン、ティルは普段、軍服を着用せず仕事にたずさわっていたので、ひさかたぶりに袖を通すこととなった。
正装ではないので窮屈ではないが、ライルは着心地悪そうにしていた。はじめて着た時よりも身長が若干伸びたようだ。
そんな彼の横腹を肘でつく者があった。
ダナル=アインタイン。24班が班長ヘクト=レフィリー軍曹の同期で、ライルの先輩である。
ただし素行があまりよろしくないので昇進具合は同期に後れを取り、現在上等兵だった。
「もしもし後輩。あそこのダイナマイトを知ってるか。アンジェリーナ少佐だ、噂に違わぬEはあるな」
なにより女の子が大好きなダナル上等兵が属する13班は24班と違い悉く男所帯なので非常に不満らしい。
で、平時の職務中逃亡しては城下に口説きにいく。そしてあっさり見つかっては連れ戻される。
万事この調子であったが、品はないけれども気さくで情報通で、交友関係も広い。
ライルはこの、9つ上の軽薄な先輩を、嫌いではなかった。が、下世話な話に花咲かせるには、あまりに淡白だった。
「あんなにおっぴろげてたら体が冷えてよくないと思うけど」
「おまえバアちゃんみてえなこと言うな。砂漠にオアシスが多すぎるとか文句つけてるようなもんだ」
呆れた顔で枯れている、と不名誉な誹りを放ち、
「いいかおシャレは我慢なんだ、彼女が我慢してるから我々はあのダイナマイトを拝むことができるのだ、ありがたいと思わんかね!」
と力説するダナルの耳を、見張り歩いている佐官がぎゅうっと捻りあげる。
「貴様はいったいここに何しに来とるかッ!上官の話もまともに聞けんのか、この耳は!」
どこかで見た佐官が耳元で叱責するが、彼は痛みのあまり声も出ない。
「貴様もこんな男の戯れ言に耳を貸すな」
ライルには口頭のみの注意をすると、ダナルをようやく解放した佐官は、次なる愚か者を探して颯爽と歩み去っていった。
「うぐ…千切れるとこだった…加減しろよあのヒゲ」
「自業自得だろ、センパイ」
涙目であるダナルと視線を合わすことなく、ライルは突き放すようにいった。
「あー、そういやあさ、ベルミシア工場区ではたらいてる子が言ってたが、軍からの砲弾の発注がすごいらしいぜ」
こりゃあ開戦の噂はマジかな、やだなーとダナルはどこか他人事のようにぼやいている。
壇上のラドフォード元帥がにごった咳ばらいをし、ライルはハッと彼を見上げた。
ちっとも聞いてなかったが、今までずっとしゃべりつづけていたようで、一息おいたらしい。
ちなみにヘクトとロロナは一字一句逃さぬよう、真面目くさった顔で拝聴していた。リノンはほどほどに耳を傾けていた。
そしてティルは、なんとも器用なことに立ったまま眠っていた。
そばにいるからわかるが少し離れたら、瞑目していかにもちゃんと聞いているように見えなくもない。厳しげな顔つきというのは得である。
みな大体、四者いずれかのポーズをとっていたが、その咳払いにより雰囲気が一変した。
話が変わると悟ったのである。
「さて、貴官らに、このような場を設けるにいたった経緯に入ろう」
緊張が高まって、しいんと静まりかえる。
「――――我がロノア王国が、先日、ある勢力から宣戦布告を受けた」
作品名:D.o.A. ep.17~33 作家名:har