D.o.A. ep.17~33
準備は調いつつある。
会議も重ね、ほぼ万全の状態を期せることが改めて確認できた。
あの顔が浮かぶたび、つもりにつもった恨みに胸を掻き毟られるようだった。
ソードは恐れ、憎んでいた。
あのような者が、果たしてこの世に存在を許されていいのかと。
あれはただ、この世全ての生きとし生けるものに、災厄以外をもたらすことはない。
――――近きうちに参る、と。
けれど、この言葉を聴いたとき、胸中に表れたのは、果たして積年の怨恨を晴らせるという思いだけではなかった。
その来るべき日のために、今までやれることはやって生きてきたという自負がある。
しかし、拭い去れぬ不安が昏い影となってそれらを覆い、ソードを懊悩させた。
敵は強大である。
一体何人が命を落とすのか?一体どれほどの者が悲しみに身を浸すのか?
民の笑顔が好きだった。やさしさも強さも、醜ささえいとおしかった。
失いたくなかった。けれど失わざるをえない。戦いとはそういうものである。
かたり、と静寂の自室に音が響く。ソードははたと現実に戻った。
「お食事ができたのに、呼んでもいらっしゃらないから…どうかなさったのかと」
セレス。この世でもっとも愛した女。我が伴侶。そして最高の理解者。
女としての喜びのひとつである、子をなすということを拒んだ時さえ、それを受け容れ苦しみなど片時ものぞかせず、いつも気丈に傍らにあってくれた。
事のなりゆきによっては、彼女さえ失うかもしれない。ソードは掌に爪を立て、万年筆をひしゃげさせた。
この女を見ていると、何もかもかなぐり捨てて逃げてしまいたいとどこかで望む己の卑小さを自覚させられてしまう。
傍から見れば彼の様子は、気落ちしているというより、どこか怒っているようにしか見えなかったが、長年連れ添った妻は全て見通していた。
ゆっくりと歩み寄って、あまりにも広い背をそっと撫でさする。
「苦しいのですね。辛いのですね」
いたわりの声が、渇いた心に水のようにしみわたる。ソードの目の奥に熱がうまれた。
不意にこの女のかけがえなさに心うばわれ、腕をとって抱き寄せる。
誇りとすらいえた腕力だが、このために愛しい女を力いっぱい抱きしめられず、もどかしかった。
「セレス。俺は…失うことが、恐ろしい」
覚悟していたはずだったのに、なんと弱々しいことだろう。それでも、彼女の前で取り繕うことはできなかった。
小さく震える背に、しなやかな細い腕がゆるりと回される。
「それを恐れるから、私はあなたを慕わずにはおれないのですよ」
恐れを知るものが真に強いのだと、よくこの女は言う。
「ライルさんは血の繋がりなどないのに、近頃あなたによく似て見えます。
あなたの育てたロノアの軍は、皆あなたと同じように、大事な何かを守るために命をかけられる勇士でしょう。何も揺れることはないのです」
まるで幼子をあやすように、セレスは繰り返し背を軽くたたく。
心地よいリズムの中、ソードは目を閉じて、我が子同然の少年に心中許しを乞うた。
*******
作品名:D.o.A. ep.17~33 作家名:har