D.o.A. ep.17~33
かくして、突如出現した、わけのわからない怪物は、トータスの地形を変えてしまった。
遥か遠方のモンテクトルの高地でさえ、吹き荒んでいた爆風である。
真下にいた将兵にとって、その爆発の副産物自体が殺人的だった。
怪物自身は、電気のような光をまとわりつかせながら、びくともせず浮遊している。
荒野となった地上へ、高度を下げつづけて、その純白の獣は王者のごとく、降り立つ。
今度は、単純な暴力――その巨体を以って、比すれば虫のように小さなものたちを、おびやかしはじめた。
むかっていく気力すら、またたく間に失せるような圧倒的な怪物に、いかに勇猛で鳴る兵たちとて、逃げ回るしかない。
爪の先に少し引っかかり、幾人もが死んだ。
長い尾にかすっただけで、大勢が死んだ。
そして、その怪物の、たった数歩の歩行に巻き込まれて、何十人かが、つぶされて死んだ。
蹂躙するまでもなく、怪物のわずかな挙動そのものが、この上なき虐殺だった。
方法が異なるだけで、さっきの光の中で消え去ったオークや兵たちと同様、その死には何の意味もない。
犬死ににも劣る。人間もオークも、この圧倒的な存在の前では、ひとしく虫だった。
目の前で死にいたるのが親しい者であれ、名も知らぬ者であれ、わきあがる感情は同じだ。
それは怒りでも悲しみでもなく、次に自分もこうなるという恐怖である。
兵は死ぬことを怖れてはならぬと教育される。たとえ死んでも、相手を道連れにするつもりで戦場に立てと。
ゆえに、虫のように死ぬことを、もっとも恐れた。
挑むだけおろかになる、バカバカしいくらいに偉大な災禍の具現。
眼前にいるものは、そういうモノだった。
けれど。
「…やめろ…」
精一杯生きているものが、虫のようにつぶされる。
その光景に、義憤をおぼえる愚か者も、また、存在した。
「やめろおおおおぉおおおッ!!!」
「…ッ、おい!」
そばにいた者の制止も聞かず、ライルは、怪物へとむかって走り出す。
正気を持った者がとる行動ではない。
彼の頭の中に、思考らしいものはなく、したがってむかって行ったところで勝算も皆無だ。
ただ、その虐殺が、己の記憶にある何かに重なり、彼から正気をうばっていた。
逃げる周囲と明らかに逆走する少年を見とがめる者はおらず、彼は何の障害もなく白い獣との距離を縮めていった。
「……!」
そんな少年の眼前へ、唐突にあざやかな緑色が躍り出る。
「駄目よ」
「リ、ノン」
行く手をはばむ者―――リノンは、そういって両腕を広げ、ライルを睨み据える。
「絶対に行かせないわ。――――行きたいなら、私を殺しなさい!」
女が一人で進路に立ち塞がっているだけだ。殺さずとも、どかせようと思えばいくらでもできる。
けれどその気迫に満ちた姿は、何よりも厚く高い壁に感じられ、ライルははげしくひるむ。
その隙をつき、彼女の握り拳が、ライルの鳩尾へと入る。
「な…にを」
常ならばいざ知らず、戦いに明け暮れ疲労しきった彼の意識を刈りとるには、そのたった一撃で事足りた。
ガクリとくず折れてくる彼の体を支え、リノンは刹那、これからどうするか途方に暮れかけたが、遠くに見知った青年を見つける。
「ティルバルト!」
放っておけないと追ってきたのか、駆け寄ってくるティルに、彼女は呼びかけ、意識を失った少年を託す。
彼は露骨に迷惑そうな顔をするが、もとより看過しきれず追ってきたので、仕方なく受け取った。
「どうする気だ?」
走りながら、先をゆく彼女に問いかける。
もはやこんな戦場、とどまるだけ馬鹿を見る。となれば、答えなどひとつしかありえない。
「―――逃げるの! この戦場から、ずっと遠くへ!」
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作品名:D.o.A. ep.17~33 作家名:har