D.o.A. ep.17~33
3階建ての建築物の屋根で、彼らは激突する。
跳躍に次ぐ跳躍、空中での衝突、城下という建造物が密集した地域であるにかかわらず、両者にとってその障害はあってないかのごとくだった。
実際に経過した時間は10分前後。しかしそれは、驚異的な数値であり、体感時間はその数倍だった。
なぜならソードが、一対一の戦闘行為をおこなって、これだけの時間を継続させたことはない。
だというのに、いまだ一手の決め手がないまま、拮抗している。
(…強い)
眼前の鬼兜に、純粋な驚愕を感じる。けっして手を抜いているわけではない。
鬼兜がにぎっている情報を聞き出すために、殺すまいとは意識しているものの、並の戦士なら一太刀において死に至る力をこめている。
剣速は超重量級の大剣が振るわれているとは到底信じがたいほど。
鬼兜は一振りを携えていた。
量産型の二流品といったところで、グランドブレイカーの一撃において飴のようにひしゃげ、即刻使い物にならなくなってしまった。
鬼兜の持つ武具は、グランドブレイカーの剣撃に負けた。
つまり、受け止めそこねた威力は、鬼兜の肉体が負わねばならない。
少なくとも腕は、使い物にならなくなっていなければおかしい。
ところが、鬼兜は特にダメージを負った様子もなく、すぐさま近距離から離脱し、使い物にならなくなった鉄くずを放り捨てた。
ばけものじみた頑丈さだ、と思った。
初撃だったので、さほどの力はこめていなかったが、ソードにとって、という前提がつくというのに。
そして、得物をうしなった鬼兜が、それを何によって補っているかといえば、―――格闘技であった。
甲冑を身につけているとは思えない俊敏さと、卓越した筋力を駆使した打撃は、一撃一撃が重い。
ある時は拳、またある時は掌底や回し蹴りが間断なく飛んでくる。
型はない。流派ではなく、相手を絶命させるために実地で身につけた変幻自在の自己流だ。
するどくえぐるような脚が、拳が、手刀が、容赦なくソードの人体急所を狙う。
このままでは埒が明かない。捕えて知っていることを吐き出させる、などと甘いことを考えていては、この攻防は終わらない。
(―――仕留める)
判断を切り換えたソードは、グランドブレイカーを片手から、両手へと構えなおした。
空を背負い、高みにたたずむ白甲冑姿を見据え―――
「…っ、なんだ?」
あまりにもおかしな空模様に、愕然と目を瞠る。
突然、空が黒色に染め上げられたのだ。夜よりなお闇色だ。
その隙を見逃す相手ではない。一気に距離をつめ、掌底をたたきこむ。
とっさに大剣の表面で防ぐと、しびれるような振動がつたわり、ソードは顔をしかめた。
足がしずんで屋根の表面が砕ける。直後、鬼兜は後方へ退いた。
何をするつもりかといぶかっていると、手のひらをソードに向けてきた。
瞬間、身を切りさくような、はげしい風に襲われる。
飛び散った石くずが、風と一緒になってソードを切りつけてゆく。
やがてやんだ突風は、多少切り傷をつくる程度で、さほどのダメージを与えたものではない。
しかし、ソードは、頭を金槌で殴られたにひとしい衝撃を味わっていた。
風だ。鬼兜は、たしかに風をあやつった。
魔術ではない。
魔術は、詠唱や、独特の光を帯びていなければならない。
ならば鬼兜は、大自然の力そのものを、ソードにぶつけたのだ。
そんなことができる人間を、ソードは一人しか知らなかった。しかし、その人物がここにいるわけがない。
誰だ。この、容貌の一切をおおいかくした者は、一体誰なのだ―――!
「…武成王、なァ、やっぱ強えーわ、あんた」
ソードの驚愕などそしらぬように、鬼兜は言葉をつむぐ。
「だがこの時間…俺は存分に愉しんだが、あんたはまるっきり棒に振ったんだぜ。くはっはははは…ザマァねえなッ!」
呵々大笑する鬼兜に、意図するところをつかみかね、彼は目をすがめる。
「俺と戦った10分間、あんた何も失わずにいれたと思うのか?」
「――――!」
ふたたび鬼兜の手があがる。
だが、向けられた先はソードではない。彼が率いて、城下を守った軍人たちだ。
それを悟ったとき、ソードは得物を捨てた。
「じゃあ…なッ!」
一瞬後、鋼をも切りさくような突風が、無防備な部下たちにむかって襲いかかる。ソードは何も考えず疾走した。
夢中で風と彼らの間に滑り込み、両の腕をひろげて立ちはだかり、盾となった。
「――ぐあぁう…ッ!!」
さっきのような生易しいものではない。比すればそよ風だ。
分厚い筋肉におおわれたソードの体を、刃の風が、容赦なく切り刻む。
街路樹が切り倒され、吹き飛んでいった。レンガが剥ぎ取られ、細かくなって風の中に消えてゆく。
暴風が散々に吹きあばれ、ようやくおさまった後、美しかった通りは惨憺たる景観と化しており、まさに嵐の後のようだった。
風を放った鬼兜は、宣言どおり、消え去っている。どこにも見当たらない。
ソードに守られた軍人たちは、さいわい全員軽傷を負ってはいたものの、無事である。
「か、閣下…!?」
しかし、盾となった彼の傷は深い。
彼でなければとっくに斬り飛ばされているであろう切り口からは、多量の血がしたたり落ち、地面を濡らしている。
中には骨まで達するようなものもあるに違いない。
「閣下!武成王閣下…!」
深く傷ついた彼に、軍人たちが泣きそうになりながら呼びかける。
崩れ落ちることなく、いまだしっかりと地面を踏みしめて立っているソードは、
「…お前ら、なんともないか」
洒落にならない量の血がながれているというのに、存外はっきりした声音で部下たちを気遣う。
「全員、無事です…!閣下が身を挺してくださったおかげで…」
「そうか、よかった」
かすかに笑い、そのまま傷の手当もせず、どこかへ歩き出すので、ぎょっとした彼らは必死で止めようとする。
「大丈夫だ、傷はもう塞がってきてる」
「冗談おっしゃらないでください、そんなわけが…!」
と、思わず腕をつかんでみて、目を剥く。
彼の言うとおり、大きく深かったものは浅く、小さいものはすでに血が止まっている。
唖然とする彼らに、ソードは苦笑して、腕を軽くふり払った。
「な。俺は昔から治りが早いんだ。後のコトたのむぜ」
「は、はっ、サー!」
治りが早いというレベルではない。治癒の魔術を使わない限り、この回復の早さはありえない。
しかしながら、先程の戦闘を見届けてもいたので、去ってゆく背中を見送りながら、あの人なら何でもありかも、と納得してしまった。
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作品名:D.o.A. ep.17~33 作家名:har