D.o.A. ep.17~33
Ep.30 鬼兜とオッドアイ
武成王ソード=ウェリアンスは、あらゆる武の術に通じているが、二つだけ、不得手がある。
ひとつは馬術。もうひとつは魔術である。
馬術については言うまでもない。巨体の上得物が加わると、重量のあまり、乗れる馬がいないからだ。
そのことは大変マイナスのようでいて、彼のずば抜けた身体能力からいうと、そこまで大きなハンディではない。
魔術について。
その昔、「大十術師」と呼ばれた10人が、世界にもたらした奇跡と言い伝えられている。
巧拙はさておき、誰にでもその才能がある。
「才能」というよりも、「秘された機能」というほうが、より正確だ。
ひとすじの光でも魔術と呼ぶなら、正しい訓練によって誰にでも起こすことのできる、人類の普遍的な「機能」である。
言い換えれば、魔術を「使わない」人間はいても、「使えない」人間は存在しない。
しかし、ソードには、まったくその機能が備わっていなかった。
どれほど正しい訓練を積んだところで、一粒の光さえも起こせない。
魔術を使うことが出来る者を「普通」の条件とするなら、ソードは「異常」で欠陥者といえる。
ただ、ある機能を失った者が、別の機能に特化するように、魔術の才能が皆無のソードは、身体能力に特化したのかもしれない。
彼の肉体は、戦闘にこれ以上ないほどの好条件を有する。
そのいくらかは修練による割合が占めるが、大部分は生来のものだ。
剣を握らせても、格闘技をやらせても、弓でも棒でも槍でも、彼はつねにずば抜けていた。
肉体におとろえが見えてくる40代をこえてなお不変、屈強な男が束になっても相手にさえならない。
鋼のごとき筋肉につつまれた2メートルをこす巨体が、けた外れの怪力、抜群の戦闘技術を揮う。
(このひとは、武の神が、愛情をかたむけすぎた作品なのかもしれない)
周囲は、彼の戦いぶりに限りない感嘆をおぼえながら、そう思わざるをえない。
ひとすじの光を生み出す魔術ごときのかわりに、これほどまでにめぐまれた戦闘センスを与えられたなら、その不公平さを呪うほどだ。
ロノア王都であるモンテクトルへの急襲に、彼は、颯爽と駆けつけた。
彼一人によって、苦戦を強いられていたオークたちが、いともかんたんになぎ倒されてゆく。
兵を要求したことは聞かされていたが、まさか彼が乗り込んでくるとは誰も思っていなかった。
「死を恐れんヤツはどっからでもかかってこい!どうした!」
通りの先に立ちふさがる彼は、難攻不落の砦のようである。
挑発にのって、ひくく咆えながら突撃してくるオークたちに向け、ソードは軽く手を上げた。
彼にひきいられた兵たちは、その群れへ一斉に矢を射る。風を切りながら飛ぶ矢が、次々とオークに襲いかかる。
だが、人間とは違い、大半のオークはその程度で倒れ伏すことはない。だがひるむほどの効果はあった。
そこへソードが、グランドブレイカーをひっかついでとびあがる。
「―――ぬ、うおおおああぁぁああっ!!」
巨大な剣を手に驚異的な跳躍をはたしたソードは、重力を味方につけながら、咆哮とともにそれを振り下ろす。
轟音と突風、砂煙が巻き起こる。何も見えない。
しかし、結果は明らかだ。
やはり、煙が晴れた先に、なお立っているオークは一体も存在しなかった。
息の根がないかはわからないけれど、もはや戦闘を続行することは不可能であろう。
地割れが起きた死屍累々といった観のその場所に、ソードは外套をはためかせ、悠然とたたずむ。
「…これで全滅か?」
ゆっくり振り返って、ソードはにっと歯を見せる。
―――ああ。一騎当千という表現さえもが生ぬるい。
この強さを、なんと称えよう。違い過ぎる。
後方にいたために、情報だけでネガティブにおちいっていた軍人たちの心に、息を吹き返したような希望がわいてくる。
「―――いーや。まァだ、だ」
「!」
場違いなほどゆったりとした声に、ソードはふたたび通りへ向き直る。
レンガを敷き詰めた道のむこうに、誰かがいる。
砂煙が晴れきっておらず、足もとしか視認できない。敵か、味方か。
油断なく兵たちはその方角へ弓をかまえ、ソードも柄をにぎりなおす。
とつ、とつと、金属めいた足音とともに煙が薄れてゆき、現れたのは、見たことのない姿だった。
しかしながら、その特徴は聞き知ったものだ。
白い甲冑。顔をすっかりおおいかくす同色の兜には、角が2本。―――第1軍の戦場に乱入した、正体不明の要注意人物。
「デカブツ大将どの、あんた出戻りかい」
「…貴様が、“鬼兜”だな」
あなどったような笑いをふくんだ声は、兜にはばまれ、くぐもっている。
「知らん。勝手にそっちが呼んでんだろ。ま、そうだと思うならそういうコトにしてやらぁ」
オークばかりが相手だった中、初めての言葉がまともに通じる敵だ。
ソードの後ろに控えた軍人たちは、呆然と向かい合う二人を見つめている。
「貴様ら、何者だ。どこから来て、何の目的でロノアに戦争をふっかけた?」
空気がはりつめる。
この人物が、オーク軍団を送りつけてきた黒幕のひとりと確定したわけではないが、ほぼ間違いない。
まだだ、といったのだ。オークと同じ勢力に身を置くからこそ、「まだ全滅ではない」という言葉が出うる。
「…あんたがいるなら、そう貧乏籤でもなかったなァ」
ソードの問いに、鬼兜はくつくつと愉快気に肩をゆらす。
「知りたきゃ、力ずくで聞き出してみな武成王―――!」
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作品名:D.o.A. ep.17~33 作家名:har