D.o.A. ep.17~33
Ep.28 帰還
戦のあとは、酸鼻をきわめていた。
死骸は、人間も魔物もおかまいなしに折り重なってつみあげられている。
大地は焼けて穴だらけで、焦げた死体と流された血がまじり、時が経つにつれ顔をしかめたくなるような異臭をはなちはじめている。
そして、その死骸の肉を我先にと一片残らずむさぼらんとするオークども。
くさり始める前にと始められた、世にもおぞましき勝利の祝宴は、すでにたけなわだ。
―――大敗を喫し撤退した、ロノア王国軍第1軍の戦場跡のひとつであった。
装備をはがされ、肉をはぎとられ、臓物をひっぱり出され、血をすすられ、骨までしゃぶられる、物言わぬ彼らには尊厳など微塵もない。
わずかに息のある者も、ただただ、醜悪な化け物どもの餌として、身を投げ出していることしかできなかった。
戦士として訓練され、きたえられた肉体は、オークどもを酔わせるほどに美味であった。
その宴に言葉らしい声はなく、高揚した気分が、地鳴りのごとく低いうなりを上げさせる。
「―――チィ、ちっと目をはなしたらこのザマかよ、この蛆虫どもが」
そこに、宴には不似合いな、心底いらだった、侮蔑の言葉が投げつけられた。
だが、盛り上がっている魔物の耳には届かず、したがってその声の主の存在も気づかない。
声の主はもう一度舌打ちし、左手を上げる。
空気が、揺れた。
死体の山のひとつにこぞって、旨い餌に夢中になるオークの集団のひとつが、ぴしっとかすかな、高音をたてる。
集団が美肉と美酒を知覚できたのはそこまでだ。
見えない何かが、次の瞬間それらをブツ切りの肉塊に変えてしまったからである。
突如死肉と化した同胞に気づいた他の集団は、ようやく酔いからさめ、さわぎはじめた。
そして、近づいてくる足音の方向を、一様におびえた様子で見つめた。
白い甲冑、黒い外套、それに、貌をすっかりおおいかくす、角の兜。
凶悪無比なオークたちが、ヘビににらまれたカエルのように動けない。
何か音をたててしまえば、即座に先ほどの同胞と同じ運命をたどるとでも理解しているのか、シンと静まりかえる。
「テメェらのツラ見るだけで反吐が出るってのに、俺のいぬ間にみんなでたのしくお食事会たァな。…人間の肉ァ旨かったかよ」
吐き捨てるように告げると、手近にいたオークのたるんだ首もとをおそろしい力でしめあげる。
その人物のゆうに2倍はあるオークの巨体は、たやすく持ち上がった。
息ができず、それは手足をじたばたと動かすが、次第に血の気をなくしていき、死にいたる直前で、地にたたきつけられた。
仰向けになって震えているそれの腹をなんども踏みにじる。
同胞が受けている虐待に、しかしオークたちは、反抗するどころか、息をつめ、近寄ることさえできずにいた。
――――なぜなら、この人物こそが、ロノア王国第1軍を潰乱させ、この惨憺たる光景をつくりあげた「鬼兜」であるからだ。
オークたちの脳髄には、鬼兜が、はかりがたいほどに「格上」の存在である、という認識が、深くきざみつけられている。
つみかさなる死体は、ほとんどがオークの築いた戦果ではない。
いうなればこの醜い悪鬼たちは、鬼兜が手を下した骸をむさぼる、ハイエナのような真似をしていたにすぎない。
息も絶え絶えになっているオークをひややかに見下ろす。
勝手に見苦しい宴を開いていた罰と、自身の憂さ晴らしだったのに、こんな怪物が相手では、気が晴れるどころかますますいらだった。
いっそのこと、この場にいるすべてのオークを皆殺しにしてやろうかとさえ思うが、それは禁じられている。
鬼兜は、今から、“唯一逆らえない相手”の指示通りに、この化け物どもを動かさなければならない。
鬼兜は、殺戮することだけが、おのれの、唯一にしてだれよりも特化した機能であると、自負していた。
そんな自分が、なぜ最大の戦場に躍り出ることができないのだろうか。
「ちッ。…おいブタ野郎ども、テメェらの次の行動だがな、その足りねえアタマでもわかるように、簡単に言ってやる」
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作品名:D.o.A. ep.17~33 作家名:har