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海軍誇る大船隊がほぼ壊滅に追いこまれたことが伝わり、陸兵の意気はそがれていた。
こと細かい情報は兵のたしにならないとわかっているので、公開するはずがないのに、どういうわけか流れていた。
もしかすると、盗人とののしられたことに怒りをおぼえた第２軍の誰かが、海軍への批難として口にしたのが伝わったのかもしれない。

「敵兵オークってマジなのかなぁー、あー、帰りてー」
「何を言う、勝つことだけ考えろと俺にいったのはお前だろう」
「わかってるけどよう」

フェン村からは海が見えるが、天然の良港もその近くにある。フェン村は畑や狩猟もやるが、半分以上は漁をいとなむ。
海戦のときには、ずっと遠い海から砲撃音が絶えず轟き、戦いの様子など観えもしないのに陸兵らは興奮のあまり沿岸に押し寄せた。
あまりの昂揚に、そのまま海へ落下する者もいたほどで、まるでお祭り騒ぎだった。
あれは敵の船を破壊した音だとか、みなで予想しあい、圧倒的な勝報を待っていたのである。
陸軍はつねづね海軍への優遇に不平をたれていたが、それだけに負けるとは夢にもおもっていなかった。
「イアルバークを見習え！お前とちがってマジメに警備しているぞ」
そういって、同僚を叱咤するヘクトは、無言で遠くを見つめている後輩をさした。
時刻は夜半である。交代での警備にもそろそろ慣れてくる頃だったが、夜担当の者はいまだに嫌がった。
焚き火の燃える音と、ほうほうという鳴き声と、木々の揺れる音だけで、不要なまでの緊張を警備の者に強いた。
「そりゃ、あのコは生真面目だからなあ」
ダナルはぶすっ、と口をひん曲げて頭の後ろで腕をくんでいる。
まさに意気をそがれた者の代表といえた。
「オークだぞ、オーク。俺は本でしか知らねえけどよ、ヤベー魔物なんだろ。そんなのがいっぱいくんだぜ」
１人で３人前とかねーよ、とダナルはいう。
背後から近づく足音に気づきもせず、彼はべらべらと減らぬ口で不満をならべたて続けた。
「大体この状況、海軍の失敗が原因だろ。おかげで陸軍はとんだ迷惑だぜ。金ばっかかけて、ロクに役に立たねえ。
せめて軍港くらい根性で死守しろってん…だぁ！？」
すべん、と突然脳天に衝撃がはしり、彼は目をひん剥いて舌をかみかける。
じわじわと地味に痛い手刀攻撃だった。涙目にならざるを得ない。頭のてっぺんをおさえこんでうずくまる。
「おのれの任も果たさずヨソの失態をあげつらう態度は感心しないわねえ」
「…オルドリーズ少佐ッ！？」
ヘクトはバッと振り返って、上官を敬礼で迎えるが、とてもでないがダナルはそれどころではない。
仁王立ちしている上官へかろうじて目だけ向けるが、彼のいうとおりの人物だと最初はわからなかった。
焚き火の炎に照らされた顔をまじまじと観察するように凝視していると、ユーラムの眉がピクリとうごく。
「ノーメイクなのにじろじろ見つめないで頂戴。恥ずかしいでしょ、失礼な子ね！」
「は、はあ…すいません…でもメイクなんかしなくても、」
「無駄口たたいたらメシ減らす！」
ダナルはおののいた。食事は活力の源である。加えてダナルはかなりの健啖家であった。
「そ、それだけはひらにご容赦をッ！」
「わかったらちゃんとやんなさい！命令！」
うずくまった姿勢から平身低頭に早変わりして懇願する彼を、ユーラムは見下ろして叱り飛ばしたあと、
「それでは、みんな引き続きがんばるように」
警備の者全員に声をかけて去っていった。
足音が聞こえなくなり、ダナルは土下座から軽やかに起き上がると、土ぼこりをはらう。
「はあぁ、アレがかつて“陸学のプリンス”とか呼ばれてたんだから、時の流れってのはおそろしいもんだな」
「プリンス？…そんな頃があったのか」
今のユーラムがそのあだ名を聞けば、「プリンセスもしくはクイーンとお呼び！」とか抗議するであろう。
「陸学のダチから聞いた話さ」
陸学とは陸軍学校のことである。ちなみに海軍学校もある。
少佐以上の推薦により、兵および下士官を入学させ、卒業後尉官とする。別名「栄達への扉」と呼ばれた。
「えらくおモテになったそうだぜ。なんであんな変貌を遂げちまったかね。ある意味女泣かせだな」
まあライバルが減ったと思えば、といいながらニヤニヤしていたが、がさり、と茂みが鳴って、ダナルはぎくりとした。
またユーラムがやってきたのではないかと身構える。
その緊張を警備中にも保て、と呆れたヘクトが口にしかけた時だった。

「…イダ」
「ニンゲン、イダ…」

獣のうなりじみた低音の、おそろしく滑舌の悪い言語を聞きとる。
がさがさ、と闇から、声の主が緩慢に姿を現した。

「―――ゴロシデ、…グウ」

おのおのが鎧を身につけ、大きな武具を携えている。
目下おそれていた、魔物・オークがそこにいた。