D.o.A. ep.17~33
陸軍元帥が、なぜ軍病院にいるかというと、ロノア海の海戦で負傷した防衛船隊司令長官を見舞うためであった。
防衛船隊は、動ける船をかき集めて、最寄りの港へ直行した。
その後、ティスラ港町に碇泊している船を借り、洋上に漂っていた船に残されていた船員を、死者ともに回収した。
防衛船隊の乗組員は、みな意気消沈としており、汚名返上に燃えていた頃がウソのようだった。
「敵を逃してしまうなど、面目ない」
病室に入った途端、ラドフォードは包帯だらけの老いた男の憔悴ぶりに目をみはった。
「万端の準備をして海へ出たつもりだったが」
感情を抑えきった声は相変わらずだが、そのやつれように思わず憐憫さえ懐いた。
「私の判断ミスです。敵の技術力をあなどり、我が軍と同等かそれ以下に引き下げて見た。もっと用心しておれば、ここまでの被害は」
ラドフォードとエンボリスは、所属する軍はちがえど、無二の友である。
エンボリスがここまで饒舌になって自責を吐露できるのは、その友情ゆえだった。
たしかに彼らは親友だったが、この病室には親友としてのみおとずれたわけではない。
病床の弱ったエンボリスにとって、さらに頭痛のタネを増やしかねない、しかし言わねばならぬことがあったのだ。
「のう、エンボリスよ。わしはお前に報せにゃならんことがある」
エンボリスは、苦渋にゆがんだ友の顔を静かに見つめて、その意図をよみとった。
「…軍港が、陥ちましたか」
冒頭に、もどる。
いうべき言葉を先んじられ、ラドフォードは苦い顔でうむ、と首肯した。
その陥落までの顛末が、あまりにお粗末で、詳細を述べがたい。しかし述べねばならなかった。
軍港陥落の責はエンボリスが負うべきものではないが、優秀な人材を防衛船隊へもっていきすぎたという詮無い責任を感じるかもしれない。
彼は無表情でその述べるところに耳を傾けていたが、ラドフォードは昔から共にいただけにその心中が気懸かりだった。
「陸軍の長として、第2軍の非礼をわびたい」
ラドフォードは謝罪する。
物資持ち出し事件は、「お前たちは守りきれぬ」と言外にいったようなもので、必死の海軍兵の士気に水をぶっかけたにちがいない。
「ラドフォード陸軍元帥」
不意に、芯の通った低音が彼の名を呼んだ。
こう呼ぶからには、友としてではなく、軍人として話すべきことなのだろう。
「我々は、敵を、あまりに知りません。此度の敗北は、その部分が大きい」
「そうであるな」
「我々海軍が見たものは、まだまだ敵の一端にすぎないのでしょう」
「うむ。…敵戦力についてロノアはあまりに、無知だ」
「弱気と蔑むかわかりませんが、ラドフォード元帥。…ロノアは、勝てるだろうか」
海軍はふんだんに金をかけてそろえた最強の装備で迎え撃った。それなのに、負けた。
その敗軍の将として、これほど切実な懸念はなかった。
だが、ラドフォードはこう答えるしかない。
「――――勝たねばならんよ」
いかに強大な敵であろうとも、打ち倒さねば、この国が魔物に蹂躙されるのだ、と。
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作品名:D.o.A. ep.17~33 作家名:har