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D.o.A. ep.17~33

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ティルは、王都立大資料館にいた。
暇さえあれば、否暇をつくってはここを訪れ、書物をうずたかく積み上げて読みあさっている。
目的に関する文面は、決して見のがしも忘れもしない。彼の記憶力はぬきんでている。
だが、近頃にかぎってそれがうまく機能してくれない。正確に言うと、3日前からだ。
多くのことがありすぎた。
もう帰らないつもりでいた故郷。初めて24班が集ったとき、地図で指し示された範囲に、思わず憂鬱を覚えたものだった。
その憂鬱は、あるいは此度の災難を予感していたのかもしれない。
あの里には、とにかくよい思い出がない。
むしろ、不思議なくらい、悪い思い出しか残っていなかった。
悪い意味で古きにとらわれ、闇雲に閉ざされ、結果負の感情が鬱積し、憎悪も、愛さえもゆがんだ世界。それがヴァリムという集落である。
胸の中で何かが痞えたような気持ち悪さをおぼえ、ついぞろくに頭に入らなかった本をあきらめて閉じた。
いっそ、頭の一角を気に障るほど強烈に占めている事柄に集中してしまおうと腹を括ったのであった。
「バスタード」「トリキアス」―――そして、「アライヴ」。

今回の一件が、「アライヴ」を中心としたものであったことは大方推定できている。
あのヴァリメタルさえ、「アライヴ」に深く縁のある魔金属だったということも、疑う余地がない。
もはや洞窟には戻れないが、闇の中ひた走っている時に違和感を覚えていたのである。赤い光がない、と。
かといって青い光があったわけでもなかった。ヴァリメタルは光を失ったのであろうか、と訝っていたのである。
ところが、帰還後しったのだが、サンプルとして厳重に保管されていたヴァリメタルが、硝子が砕けるような音とともに、粉砕したという。
硝子が砕けるような、と言われ、思い当たることがあった。
洞窟の最奥にいたとき、「アライヴ」が突如「デッド」なる単語に苦しみをうったえはじめ、目のくらむような赤い点滅があったが。
例えるなら、一万の硝子が一気に砕けたような、すさまじい音が彼の聴覚に襲いかかったことだ。
その音は、ちょうどその頃洞窟付近にいた、ティルの義兄たちやロロナも耳にしたらしい。
あれは十中八九、洞窟内にあったヴァリメタルが砕けた音だと、断定してよいだろう。
砕けたことによって、洞窟が本格的に崩壊しはじめたに違いない。
己を偏愛した薬師の老婆は、かつて、ヴァリメタルを、「災いを予知する石」と言ってはばからなかった。
もしその言葉が正しかったとするならば。
――――大きすぎる数値がメーターを振り切らせ、機械を破損させてしまうかのごとく、ヴァリメタルも。

ともあれ、任務は切り上げざるをえなくなったので、引きとめようとする同郷の者たちを振り切り、24班は早急に軍本部へ帰還した。
帰って早々驚かされたのは、武成王ソード=ウェリアンスが、じきじきに出向いて24班を迎えたことだった。
ライルを非常に心配している様子で、何があった、とたずねてきたが、実を言うと情けなくもへとへとであり、状況を事細かに説明する気力もなく。
詳細は後日報告書を提出する、と言い、ただ、バスタードからの伝言だけは、武成王に伝えておかなければ、と。
その使命感だけが、疲労しきった肉体を奮い立たせた。
バスタードの言葉を忠実に口にしたときの、武成王の表情の変化は、筆舌に尽くしがたいものであった。
ソード=ウェリアンスとは、決して感情を表に出さぬ男ではない。むしろその対極におり、あけっぴろげとすら形容できよう。
だが彼が浮かべたのは、憎悪とも恐怖とも期待ともとれ、しかしどれにもしっくり来ない。
意図した表情ではなく、内にある混沌としたものがたまたま表に洩れ出たようなものだった。
瞬間、ティルは、この豪放磊落を地でゆくような陽の気の男に潜む、陰鬱なる闇の一端を垣間見たのである。
何事もなかったようにすぐさまその顔を常の人懐っこいものに差し替える。
ご苦労、とねぎらうと、眠りこけているライルの頭をなでてやり、引き上げていった。
聞くに、その後彼は陸海軍の首脳と、大臣らと、国王をよび、重要会議を翌朝からおこなったらしい。
その内容は、いわゆるしたっぱに身を置くティルごときがやすやすと知れるものでは、当然ない。


闇の洞窟を駆けていたはずが、なぜいきなり集落内に立っていたのか、ということに関しては、既に思考を放棄している。
誰かの仕業だとしても、その相手のあてがない。奇跡など以ての外だ。
そして、トリキアスのことを思う。
闇の中駆けている時点では、おそらくそばにいたはずだ。それは間違いない。ならばやはり、救いの手からもれてしまったのであろう。
ならば彼は、あの常闇の崩壊した洞窟の中で、今も?
さほど親しくしたわけではないが、なんといおうか、殺しても死にそうにない男だったという見解は、おそらくライルとも一致するに違いない。
バスタードと「アライヴ」が死闘を繰り広げているさなかのことが、つい先ほどのようによみがえる。
やけに長い間黙しているので、不審を懐いてそっと隣をうかがってみたのだが。
「アライヴ」を見つめるトリキアスは、実に不可解な顔をつくりあげていた。
彼のかんばせは比類なき繊細さだったが、それを以ってしてなお、不気味としか表しようがない。
常にたたえている優雅な微笑に並べば、醜悪と称してかまわなかった。
まるで、蜘蛛の糸にすがりつく亡者さながらの、執着にぎらつく双眸で、「アライヴ」の姿をなめるように追っていたのである。
―――ティルは鳥肌を立てた。
そして、叶うならば、二度とお目にかかりたくないと、強く強く願うのだった。

本の内容に集中できない以上、いても仕様がないので、出ることにした。
そもそもこの資料館には、もはやほとんど用がない。読むべきものは読みつくしている。
あとは国内のいくつかの町に小さな図書館があるようだが、図書館ていどでは資料館ほどの品揃えは期待できまい。
ここにも、目的の書物はなかった。
さすれば潮時か。
もともと軍にいたのだって、武成王からの強い勧誘と、さまざまな特典と、タダで飯が食えるからという理由でしかない。
なぜ武成王じきじきに、しかも強い勧誘があったのかは今でもよくわからないが、変わり種がほしかったのかもしれない。深く考えたこともない。
つまり、この国――ひいてはこの大陸(というより島)から旅立つ頃合いだと思っていた。
トゥール、レンシーア、フェルタール、ロードス、龍紫―――五大大陸のなかでも、特に彼はフェルタールに期待を寄せている。
魔術研究が世界でもっとも盛んなウィクセンならばあるいは、目的も果たせるかもしれない、と。
ある人を、まぶたの裏に描こうと目を閉じ、
「おーぉい!ティルー!ティルー!」
己を愛称で呼ぶ者はかぎられている。だれだ、などと確かめるのも面倒であった。
というより雑踏からの注目など浴びるのはごめんだから、正直他人のフリをしてやり過ごしたい。
そんな祈りむなしく、駆け足の音がどんどん近づき、すぐ傍らにて止まった。

「うおっし、やっと見つけた!」


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作品名:D.o.A. ep.17~33 作家名:har