D.o.A. ep.17~33
エンボリスと参謀長は、たしかに正しかった。
―――航海とは経験。
オークは、どれだけその知能が人間に近かろうと、しょせんは魔物である。
魔物は、奪うことはしても作ることなどほとんどしない。それは、向上心や創造性が希薄だということだ。
大砲を撃つことくらいならば、見よう見まねでできるかもしれない。
だが、航海という高等技術を、陸の魔物であるオークが、おこなう機会も気も、持ちうるはずがなかった。
ならば、あの鉄の群れを実際にあやつっているのは、魔物であるオークではありえない。
このような思考回路は実に明快で妥当である。よって、みな理解し、賛同した。
ただ、彼らは決定的な心得違いをした。
世界最強の海軍の、司令長官と参謀はそれなりに老いていて、海の戦いを知り尽くしていた。
世界最強の海軍として、その知るところ全てで以って、実に妥当なる判断をくだした。
ゆえに、気づかなかった。
正体不明の敵とは、時に、その知る領域より外のものを持ちやってくることを。
特に海軍は、かかえている技術力が戦いを露骨に左右するという特徴を、たぶんに有する。
更に悪いことに、その認識の誤りは、エンボリスの獲得している信望のほどだけ広がり、浸透したのだった。
あるいは、
「己は世界最強と称されたロノア王国海軍の一員だ」
という自負が、ロノア海軍以上の技術の存在の可能性を頭から追いやる作業を、脳に命じたのかもしれなかった。
そのポジティブな認識は彼らの心を救ったが、同時に未知のテクノロジイへの疑念まで払拭させてしまったのである。
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最初は、報告で聞いていたものの、おそるべき快速に驚嘆した。
点のごとく水平線上にいた敵船影は、いくらもしないうちに肉眼でとらえきれるようになった。
敵船数は、覚悟していた以上の規模であった。
各船の砲手は、撃ち方はじめの指令を待ち、敵船が射程範囲に入ってくるのを、固唾をのんで見ていたが、
(船とは、あんな正確にうごくものなのか?)
あまりにも常識をはずれた動きに、驚嘆より薄気味悪さを懐きはじめた。
いうまでもないが、船とは大きければ大きいほど、進むのも曲がるのも遅い。
あれだけの大船隊が、みな恐ろしい速度で2つの縦列になってやってくるのに、ある一定の地点になると、まるで扇のように展開しだしたのである。
動作は一分すら乱れなく、まるで水上のパフォーマンスを演じている呈すらあった。
人間があやつっているとはとても信じがたい光景が、眼前の現実にあった。
ロノア王国海軍防衛船隊は、陸目指して進む縦列をはばむように、横列にて待ち構えている。
その陣形による利点を、敵船隊は驚愕すべき動作でうちこわした。
それでも、ロノア王国海軍はなお意気軒昂であった。
船橋にたたずむ長官エンボリスは、予想外の展開に少しもひるむことなく、あくまでじっと機をうかがっている。
広がった敵船隊が、射程内にまもなく入るといった頃、彼は、彼をうかがっていた周囲の視線に、うむ、とひとつ首肯してみせ、
「射撃命令を」
短いながら、敵の近づいてくるのを待つ息苦しいまでの時間に終わりをつげられる。
「撃ち方はじめ!」
敵船へ向けられた砲に弾がこめられ、砲手のこめかみよりひとすじ汗がつたっておちた。
「……撃てッ!!」
絶叫のような指示が、空気をつらぬくように放たれ、直後、砲口が火を吹いた。
ロノア海軍の先制攻撃だった。
その第一弾はからくも敵船のやや後ろにはずしたが、もともと敵船の速力が異常である。狙いは悪くなかった。
次々と咆哮する砲声はそれなりに損傷を与えるものの、いぜん決定打をもたらすことなく、敵船は快速をたもち距離をつめてくる。
ある地点まで到達したのをきっかけに、敵船隊は全体として速度を、気持ち悪いほどぴったりと緩めた。
今まで、波を激しく切るばかりだった敵船隊が、攻勢に転じてくるきざしだとおもわれた。
敵船の砲がぐ、と動くのが見え、砲声がとどろいた。飛んでくる砲弾を視認する。
砲身は異様なまでに上部を仰ぎすぎていた。当たるまい、と誰しもが敵の砲撃技術をあなどりかけた瞬間、
「…!?」
その巨弾は突如、ロノア海軍の、気持ちがはやるあまりか前に出すぎていた、ある一船の上空にて大爆発したのである。
砲弾の破片は、爆発の勢いをもって逃れがたいほどの速度で船上の広範囲に降りそそぎ、破片が更に船上で、海面で、幾つもの爆発を起こした。
船上は炎上し、あまりのことにその船は大混乱となった。
幾名の怪我人と死者を出した甲板などは悲惨であった。
―――敵船は、たった一つの弾が、これほどの猛威を持っている。
しかも大抵は試し撃ちとならざるをえない第一発目にもかかわらず、これほどの被害を受けたのである。
未知の敵弾の威力をみとめて、必然的に他の船にも、動揺がはしった。
あんな砲弾は見たことも聞いたこともない。
そもそもあんなもの、砲弾の常識をはずれている。なぜ何もない上空で、突然爆発するのか。
ロノア海軍のとまどいなどお構いなしに、敵は更に第二、第三、第四と集中砲撃をあびせてくる。
どの船にも臆病な男はいない。
その船もまた、みな正体不明の砲弾と火災の中、果敢に応戦したが、爆発に揺れ動く船のため、砲弾は少しもあたらなかった。
やがてその船は死者であふれかえり、地獄の様相を呈した。
にもかかわらずその船は、せめて一弾あびせねば気が済まぬとばかりに前進をやめない。
燃え上がる死に体の船は、最後の力を振り絞るように敵の一隻にぎりぎりまで近づき、至近距離を持って砲弾を発射する。
その一弾はぎりぎりまで近づいただけあり、果たして敵船上のオークを大量になぎはらった。
大爆発を起こし、操舵室の屋根をふっ飛ばして敵船に大きな被害を与えたものの、撃沈にはいたらない。
被弾にもかかわらず、船は動じることなく一定速度で海原を突っ切っていた。
船の生き残りたちは、次なる命をうばわれる直前、敵船の異様な景色を目の当たりする。
(操舵室に、だれもいない)
その意味を理解することなく、とどめの砲火をその身に受けた船は、大きく傾き、やがて沈没を始めた。
誰が事前に見通せたであろうか。
―――その船の群れの操縦が、ことごとく無人であるという、ありうべからざる実態を。
命をかえりみることなく突撃したその船は悲壮なまでに勇敢だったが、だれもその船の撃沈を悼んでいる暇などなかった。
すでに砲撃の応酬はいたるところでおこなわれ、激しさはかぎりなく増していた。
その過程には、多くの船が撃沈し、撃沈され、時には幸運なことに敵砲の暴発も起こったが、やはり船足は不気味なまでに一定だった。
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作品名:D.o.A. ep.17~33 作家名:har