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D.o.A. ep.17~33

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Ep.23 海原の怪





魔物の中に、オークとよばれる種がいる。
見るに堪えないほどむごい容貌をしているが、醜ければ醜いほどそれを誇る。美醜の感覚の相違であろうか。
この種は魔物の中で最も厄介とされるのだが、理由の一つはその知能にある。
比較的人間に近いレベルの頭の内容をもってして、武器やちょっとした魔術を使う小ざかしさを持つのだ。
集団となって山賊行為なども行っていることが確認されており、理論上は軍隊行動まで可能とさえいわれている。
もしもオークが軍隊となったら、人間で構成された軍隊にくらべ、おそるべき集団となりうるであろう。
総合的な身体能力は平凡な兵の三倍はある。心理的な動揺がすくなく、余計なことを考えない。
食料の補給とて気を配らなくともよい。魔物とは雑食で知られ、そこらに生えている草から人肉まで、あらゆるものを抵抗なく糧とすることができた。
死者は骨までのこらず喰いつくされ、オークは戦場での空腹になやまされることはない。
比類なく強力な軍団となりうるオークであったが、人間と魔物は不倶戴天の敵であり、彼らを軍団としえた例は、いまだない。
――――はずだった。

「長官!ごらんください、船に乗っているあれは、人間ではないのではありませんか?!」
船橋にて、望遠鏡をのぞいていた若い尉官が、背後にたたずむカイ=エンボリス防衛船隊長官にいった。
ただの望遠鏡ではなく、ほどこされた魔術加工により、倍率を格段に向上させたものだ。
夜明けのうすぐらい中、今はまだ遠き船影の中に、襲いくる敵がなにものか、この時はじめてその正体をとらえたのである。
トータスの魔物は他の大陸にくらべ、弱い。
頭の中身が食欲のみの野獣もどきしか生息しておらず、はじめて見た二足歩行のそれが魔物なのか、確信できなかった。
そのため、彼はそれを「人間ではない」と表現したが、同様に望遠鏡をのぞいたエンボリスが目を眇めて、
「…オークですね」
顔色も変えず、一言だけ事実をいった。
船橋に立っていた軍人たちは、みな一様に息を飲んだ。
その様子がまるで伝わったかのように、大量のそれが、挑発するごとく姿を現した。
おのおの装備をかためている群れは、オークにほかならなかった。
オークが、いっぱしに鉄の船にのって、こちらに海戦を挑まんとしているのである。
「お、オークですって…!」
若い尉官は肝をつぶしたような声をあげる。
海戦で、魔物が乗った船を相手にした前例などない。
対人間を前提とした作戦がたてられ、その心の動きも、意識的にせよ無意識的にせよ反映する。
それが、魔物が相手となると話は別だ。その前提としてきたものが崩れるおそれがあった。
どよめく船橋において、興奮ではなく恐怖が支配しつつあった。
敵をおそれるというより、参謀にとっては、自分たちでたてた作戦が総崩れになることをおそれていた。
けれどもエンボリスは、静まれとも落ち着けともいわず、
「航海は経験です」
とだけ告げ、敵の船影を目を細めてみていた。
あまりにも平然とした上官が、何のためにそういったのか、海軍軍人らはいまいちつかみかね、
「ちょ、長官?」
「作戦は予定通りでよろしいですよ。旗をあげさせなさい」
命じて、部下たちの疑問もそのままに、水平を激励すべくさっさと階段を下りていってしまった。
残された者たちの頭には疑問符ばかりが浮かんだが、幾分か年長の参謀はふとひらめく。
「―――長官の命令どおり、ただちに旗をあげて報せろ!はやく!」
「しかし、」
「貴官らは長官のおっしゃる意味がわからんか!魔物に、航海などできるはずがない!」
「!」
「あれを操るのは、十中八九人間だ!まったくなさけない、動揺のあまり基本的なことを忘れおって」
叱責を飛ばしながら、それは己にもむけていた。
何のことはない、エンボリスの平静はうわべだけでないと、理解させられることとなっただけである。
しかしそのことは、軍人らにとって絶大なる安定感をもたらした。
あくまで人間が船の操り手ならば、作戦は通じるだろう。
相手が大きければ大きいほど燃えるのが海の男たちであった。作戦さえ台無しにならなければ、それは参謀とておなじである。
エンボリスの命令は即座に実行され、戦闘準備を万端にせよ、との意を示す旗がするすると昇ってゆく。
「…しかし、人間と魔物が同じ船によく乗っていられるものでありますな」
「人間には心術か何かで暗示をかけられるかもしれんが、魔物のほうは…よほど命令がゆきとどいているのだろうか」
「オークに命令できるヤツか…」
ロノアの国旗、旗艦の旗、それに並んだ命令旗を見上げて、軍人たちは敵を各々で想像する。
今はまだ豆粒のような船の群れは、想像を絶する敵なのだと、彼らはあらためて認識した。


作品名:D.o.A. ep.17~33 作家名:har