D.o.A. ep.17~33
王国祭には、警備の一環で、兵たちの一部にも参加がゆるされた。
一部、すなわち選ばれた者のみが祭夜を楽しむ権利をあたえられる。
その選定方法とは、くじ引きであった。
陸軍の兵士、下士官、尉官、佐官それぞれにくじを用意する。かたよっては困るからだったが、倍率は相当に高い。
その幸運を手にしたものたちは、会場警備にそこそこ気をくばりつつ、喧騒にとけこんだ。
はじめのうちはどこか盛り上がりきらなかったが、徐々に陽気さがうまれ、一発目の花火が打ちあがる夕刻には、既に大半のものに明るい表情が浮かんでいた。
この日のために、各国からうまい酒やジュースを大量に仕入れておき、それが大人子供関係なくいたるところでふるまわれている。
酒が入るとみな自然、憂鬱をわすれ、祭りの夜に酔いしれた。
―――そんな人々の様子を、屋根の上から侮蔑的に見下ろす視線があった。
その主は、ゆったりとした真白の衣をまとう、若くもどことなく威厳の垣間見える男だった。
ながい前髪が片眼をおおうほど伸びているが、容貌はヒト離れして整っているのが一目瞭然である。
しかしながら、眦の紅く染められた見えている方は、たとえれば獲物をねらう爬虫類によく似ている。
彼は、下方にて宴を繰り広げている人々を、度しがたい馬鹿の集団だと蔑みきっていた。
民草から国王にいたるまで、底抜けの愚か者たちであると、いっそ呆れ果てていた。
―――自分なら。
敵の正体なぞたとえわからずとも、それを隠し国民へ敵の脅威を喧伝するだろう。
多少の捏造を行ってでも、民草の相手への敵意を煽るだろう。
どれだけ綺麗ごとをぬかそうとしても、民心をしっかりまとめうるものは、結局のところ敵愾心と、それ以上に恐怖心しかなく、それを怠る君主はただの間抜けでしかない。
よって、これがはたしていくさを控えた国の光景かと疑う。
「平和惚けか」
「―――そう言ってやるなよ、イリュード陛下」
独り言であったのだが、予想外にも背後から応えがあった。振り返ることはしない。誰なのかはわかっている。
ネコのように足音のないばかりか気配もない、いつ相見えても名を呼ばれることさえ不快な男だった。
「僕は祭りなんて初めてだから、なかなか興味深いよ」
「茶番だ」
なにが楽しいのやら、歌うようにいって隣にならんできた男を、イリュードは忌々しげに睨みつける。
その軟弱きわまる肢体が、一騎当千の力を秘めていることをおもうと、薄気味悪ささえ芽生えるのである。
細い手は、酒のつがれたグラスを持っていた。ふたつであった。
イリュードの視線に気付いたらしい彼が、片方を差し出す。
「配ってたからもらってきた。いる?」
へらへら笑いながら勧められたグラスは、直後真っ二つに割れ、落ちてくだける。
中身は当然、しとどに男の手をぬらした。
男は突然の出来事に、しばし目を丸くしていたが、すぐに酒を振り払いはじめた。
「失せろ、道化」
「イヤだといったら?」
「……」
いくら不快でも事を構える気はないらしく、茶化すような返答にはのってこなかった。殺しかねない目つきを一瞬向けたが、もはやいないものとして扱うことにしたようで、以降男のどんな挑発にも乗らなかった。
男は飽きたのか、鼻で笑い、色とりどりに輝く祭りの町へ視線を戻した。
往来する陽気な雰囲気は、男の心をも楽しませ、昂揚におどらせる。
次々にうちあげられる花火は、時折目を奪われるほど鮮やかで美しく、痛快なまでの音を発している。
酒の香りも味も、宮廷で飲むほどの極上さでないが、心地がよい。
食い物も、きっとうまいであろう。
文句のつけどころなく、素晴らしい夜である。
存分に楽しまねば損というものだ。
「だから、そう言ってやるな、陛下」
先程はなった言葉を返事を期待せず繰り返し、グラスを掲げる。
「―――最後の宴に、乾杯!」
すぐそばまで迫る災厄のことなど忘れ、ひとときの享楽に身を委ねる人々。
見納めかと思うと、いっそ、いとおしいではないか。
作品名:D.o.A. ep.17~33 作家名:har