D.o.A. ep.17~33
がむしゃらだった。
限界など忘れてしまいたいのに、体力も魔力も底をうったえて胸をしめつける。
ロロナは、いっそ怨念すらこもった目つきで、目標をねめつけた。
(こんなんじゃ、だめだ)
第三演習場に設置された訓練具から、黒い輪がはじけとんだ。
演習後とはいっても、実際の戦いではこの程度の疲労ではないだろう。
この程度の砂袋を締め上げきれなければ、実際に魔物の骨をへし折ることなどできないであろう。
拘束魔術は地味で人気がなく、すくなくとも同僚にはだれ一人として使い手がいない。
なぜうまいくいかないのか、試行錯誤は己だけで延々とくりかえすしかなかった。
魔術とは腕力ではないから、締め上げる際、いくら力んでも無意味なのだが、それ以外にどうすればより強く締めつけられるのかわからない。
そしてまたもや、砂袋にわずかな痕跡をのこしただけで、黒い輪はくだけちった。
泣いたってどうにもならないのに、視界がにじむ。
いつかリノンに話した苦悩。自分は軍人に向いていないのでは―――
「力の使い方が悪」
「ふぎゃわあッ!」
「くてよ、…って、なんなの?その幽霊でも見たようなカ・オ・は!」
「め、滅相もありませんユーラム少佐!ちょっと驚いただけでありますッ」
「ほんとにぃ?さっきの悲鳴そーとーマジっぽかったけど」
ふりかえると至近距離に、男の厚化粧顔があった、など恐怖以外のなにものでもないが、ロロナは必死で弁明する。
ユーラムは慌てて申し開きに努めているロロナを、口をちょっと曲げて見ていたが、まあいいわ、とすぐきりかわる。
「今何時だと思ってるの?休めるときにちゃんと休まなきゃ、いつもムリしていざというときに疲労してる兵なんて、役に立たないのよ、わかってるの?」
たしかに、カラスすらもう飛んでおらず、夕焼けもすっかり夜空におおわれている。
「すみません…。つい夢中になってしまって…いつもはもっと…」
「言い訳はもうけっこうです!さっさと帰る準備をなさいな、送って行ってあげるから」
「あ、あの、それはありがたいんですが、さっきのこと、もっとくわしく聞かせて頂けないでしょうか、少佐」
「さっきって」
「あたしは力の使い方が悪いのですよね」
ユーラムはああそのこと、と得心してうなずく。
拘束魔術を攻撃とするのはいい考えである。地味だが、うまくやればこれほど無駄なく相手の命を絶てる術はないだろう。
しかし彼女の場合、元来魔力の総量も低いのに、「輪」全体に均等に魔力を分散して、それを以って全体で締めている。
悪い点はそれだけではない。その力が、締め上げる、という言葉のとおりに、上へ上へと向いている。
力の分散された脆い輪が、上へ上へとズレながら締め付けている。これほど効率の悪いことがあろうか。
ひたすら魔力でつくる拘束具の頑丈さを追求するなら、残念だがロロナは拘束魔術使いとして適格とは到底いえない、あきらめるべきである。
けれども、その輪を以って相手の骨をへし折るのが目的なら、魔力総量の少ない者も努力しだいで化けるかもしれない。
他の部分は申し訳程度にうすくてかまわないから、ある一部だけに力を集中し、圧力をかけて骨を折ればよい。
内側にかたくて長い突起のある輪をつくる。ユーラムによる理屈を要約すると、こんなところだ。
「イメージも、動かないように食い込ませるのになおすことね」
と、ユーラムは腕を組み、あごを動かす。
「は、ハッ、ご教授ありがとうございます!」
礼を述べることをうながされているのかと思ったロロナは、常に出さぬ大きな声をふりしぼって敬礼したが、
「ちがうわよ、礼なんかどうでもいいわ」
「ハイ…?」
「こうなったらとことんやってみなさい」
:
:
:
言葉にすれば簡単だ。
が、内側に突起のある輪をつくることが、頭の中でイメージしても、現実にするのがひどく困難だった。
単純な円の図形は、魔力によってかたちづくるのもまた、たやすい。
しかし、つくるのはその内に突起がある奇形である。突起のみに力を集中するのも難しいし、最初のうちは、突起さえあらわせなかった。
そして、いくらうまくできなくとも、ユーラムは何一つアドバイスしない。ただ厳しい両目が、ロロナの姿をとらえている。
しかし、習うより慣れよと言うように、次第に思い描くものが現れはじめた。
「あ」
うまくいってる、と自信がつきはじめたころ、くりかえされる術に耐えかね、ついに砂袋を突起がやぶった。
ふかくへこんだ箇所からさらさらと砂が流れ出すと同時に、すさまじいまでの疲労感がロロナをおそい、がくりとへたりこむ。
「あなた、地味に根性あるわね。その感覚、忘れないようになさい」
いったい何時間たったのか。
普通なら罵声をとばしたくなっても仕方ないような遅々たる成長を、この上官は、ずっと。
(…見守ってて、くれた)
頬から耳に、熱があつまってくるのがわかる。
微笑むユーラムはうつむく彼女の変化に気付くことなく、頭をかるくぽんぽんとたたいてねぎらう。
「おつかれさま。じゃ、キリがついたところでお開きよ。帰りましょ」
すわりこんだ彼女に、手を差し出した。
「…お手数、かけます」
「お手数なんて思ってたら放っておくわよ」
ロロナの手をぐっと引っ張って立ち上がらせたユーラムはさらに言いつのる。
「いい、あなたは大事な部下なのよ。
少しでも強くなってほしいと願ってるし、そのためにアタシができることがあればなんだってしてあげたいわ。当然のことよ。
人間的確なアドバイスもらって努力すりゃ、大抵のことはできるようになるんだから、もっと他人をたよりなさい。
やればできるのにちょっとうまくいかなかったら、自分は兵士にむいてない、なんてウジウジなやむヒマがあったらね」
――――知っていたのか。抱え込んでいた悩みを。
「アタシの言ってること、どこかまちがっていて!?」
「め、滅相もないです!そのとおりだと思いますッ!」
「なんかムリヤリ言わせてるみたいで快然としないわねえ」
よく拗ねる人だ。ロロナはおかしくなって、くすくすと笑ってしまった。
今となっては苦悩もどこかへふきとんでいた。
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作品名:D.o.A. ep.17~33 作家名:har