杉が怒った
変わった所は見当たらなかった。目の端に赤い色を感じた日野はその方向を見た。杉の木であるが、まるで【ジン】の子供のように、【ジン】から数メートル離れた場所にあって、丈も高くはない。日野はその花粉につけた一房だけ色が赤い花房があるのを発見してシャッターを切った。あきらかに廻りの花と違う色だった。これか、これが毒を持っているのだろう。これを採取したい……そう思ったが、それは高い位置にあった。日野はその赤い色の花は試験的に作られたものではないかと思った。作ったのはこの小杉だが、もちろん【ジン】が指図したのだろう。
誰かに相談して、安全な方法であの赤い花粉をつけた花を採取しなければならない。ああ、博士が生きていれば……日野は感情を抑え、対策を考えながら研究室に向かった。
あれっ? 日野は研究室に誰かいるのに気付いた。閉鎖されているこの研究所に一般人はもちろん、大学関係者も博士がいない今、自分しかここに入ることは出来ない筈だった。展示室の職員だって、もう他に仕事についている。日野は誰だろうと思いながら、研究室の戸を開けた。
入ってすぐに、日野は、自分の体が拘束されるのを感じた。口を粘着テープで塞がれ、目も同じように塞がれた。手足もあっという間に動けなくなってしまい、床に横たわらせられた。手荒という訳ではなく、手慣れた感じがする。腕にチクリと痛みが走った。何だ、何があったんだと考える前に、日野は次第に意識が遠くなっていくのを感じていた。