たんていきたん
因みに、江戸っ子とは両親ともに三代東京もしくは江戸に住んでいなければならない。それも、東京と言っても、江戸と呼ばれた範囲内でなければならないらしい。なかなか、難しいものである。
「…なんて、それで名前がサム・ペキンパーなんだ?」
中川が皆を代表して、誰もが聞きたかったことを口にした。すると、宮城いや自称サム・ペキンパーは気取った笑みを満面に浮かべる。よくぞ、聞いてくれましたとでも言いたそうであった。どうやら、誰も彼もがナルシストの塊らしい。見てみたいような、見たくないような光景である。
「その方が、カッコいいじゃないか」
どうやら自称だったらしい。そのことついては、誰も感想を言わなかった。しかし、彼は感想が貰えなくてもあまり気にならないと見える。
宮城の背後に、演出用に出現した電灯の明かりが、なんとなく物悲しい雰囲気を醸しだしていた。が、彼がハードボイルドの世界に浸っていれたのもそこまでだった。 「笑わせないでよ。なんて、恐喝者が金づるを殺さなきゃならないのよ」
あやめは、馬鹿馬鹿しいと首を振った。その口調の冷たさは、南極よりも冷たかった。しかし、ここで相手に負けているようではハードボイルド派の探偵はやっていけないのである。あくまでも、非情を絵に描いた男でなくてはならない。サム・ペキンパーはそっと涙を拭って、応戦体制に入る。
「私は知っているんだ。君は恐喝をするために、この島にやってきた。しかし被害者の方は、君には残念なことにその要求をつっぱねた。そして二人は揉み合いになり、君は被害者を殺してしまったのだ」
だから、どうやって詳しい事を知ったのだろう。一度、誰かその過程を説明してくれないものだろうか。
「ふんっ。よく言うわ。私は真犯人を知っているのよ」
あやめは、靴を鳴らして仁王立ちになるなり、こう叫んだ。いまにも「女王様とおよび」とでも言いかねない感じであった。どうしてこうして、観客の目を気にしている様な演技じみた態度だった。
「誰だ、それは」
サムーペキンパーは、まさかと心の中で叫んだ。そう、ハードボイルド派の探偵は、できるだけニヒルで無口で、冷静沈着でなければならないのである。立ち振る舞いに関して、幾つもの規約があり。ある一定の監査を突破すると、目出度く「ハードボイルド派」の看板が掲げられるのである。イメージとしては、最近流行りのプライバシーマークや、ISOの監査みたいなものと考えて戴ければ問題ない。
「犯人は、弁護士さん。あなたよね。あなたは、被害者の財産を横領していた」
あやめは懐から手帳を取り出し、中身を読みだした。脅迫の次は横領らしい。あとは、何が残っているだろうか。
「な、何を言いだすんです」
藤井は心外だと言わんばかりの口調だった。しかし、フルコースを食べる手は全く止めない。どうやら、彼にとって、食事はとても大事な事らしい。
「証拠はあがってるわ。おとなしく吐いちゃいなさい。他の人の目は誤魔化せても、この美少女探偵江戸川乱子の目は誤魔化せないわっっ」
大道寺あやめこと江戸川乱子はすんなりとのびた見事なおみ足の片方を、テーブルの上でこれ見よがしに高らかと踏みならしてみせた。なかなか、絵になる風景ではある。
「…美少女って年か?」
ほとんどなけやりになった名探偵の声が、部屋のなかに虚ろに響く。名探偵は、次々に正体を表した容疑者達に呆れていた。いったい、何のためにこれほどの数の探偵がこ こに出てくるのか?自問自答したところで、答えは出てきそうもない。それに、これだけで済むのだろうか。名探偵は残りの馬脚を現してない容疑者たちの顔を順繰りに眺め た。そして、最後に名探偵は、現在の主人公役である乱子と目が合う。
「いいのよ。どうせなら、美少女の方が語感がいいじゃないの」
乱子は一所懸命に悩む名探偵・に向かって、ウィンクをしながら投げキッスをした。名探偵は女性と縁が薄いのか、あっという間に顔を真っ赤にさせる。
そんな微笑ましい(?)光景をよそに、藤井は目に見えておろおろし始めた。しかし、それも束の間。今度は藤井が自信ありげな笑みをにんまりと浮かべた。
「わ、わたしよりも、あやしい奴はいる。青柳竜衛、あきらの兄妹だ。二人が被害者を殺した理由は、復讐。被害者はいたいけなあきらをレイプしたんだ。その復讐だよ」
藤井はいつのまにやら新たに作った、ウィスキーのソーダ割りを一気に飲み干して噴せた。本当の予定万らは、藤井はここで決めをするつもりだったがあえなく失敗。
「人間の想像力ってすごいわ」
あきらが拍手をしはじめた。犯罪者と名指しされたと言うのに驚くべき無邪気。どうやら、本当に感心しているらしい。それは、兄の竜衛も同じと見え、あきら同様に感心の眼差しを藤井に向けていた。
「しらを切るきか?他のぼんくら探偵はまだしも、美食家探偵藤井則夫はだまされないぞ」
藤井は、ポーズを取りながら大見得を切った。ぎょろりと、瞳を動かす。なるほど、始終何かを食べているはずだ。しかしながら、食べ物を食べながらの見得を切っても、残念ながらあまり格好良くない。
「だって、僕も探偵なんだもの」
あきらの無邪気な返事。皆の視線が少女の顔に集中する。さすがに、他の登場人物はこのオチだけは考えていなかったらしい。因みに探偵だからと言って、探偵が犯人でない可能性はない。そう、『水戸黄門』ではあるまいし、『探偵』という名詞が葵のご紋付き印籍のかわりにはならない。しかし、この理論がこの場の人間には、今のところは浮かばなかったのは言うまでもない。
「へっ?」
名探偵の間抜けな声。本日、初めの切れ者の名探偵の役柄を返上して、彼は驚き戦くだけに存在しているようなものだった。はっきり言って、これだけは考えていなかったのにと、名探偵は頭を抱えた。どうして、十五才くらいの見た目だけ愛くるしい少女が探偵であると誰が思うだろう。
「清廉潔白探偵事務所の所長の聖玲です。因みに、今日は『少年探偵』です」
と、言うなりあきらは勢いを付けて、身につけていた衣類を脱ぎ捨てる。その下から現れたのは、黒いスーツ姿だった。玲の手にはどこからともなく現れたとしか思えない、白い扇が握られており、隣に控える竜衛を扇で指すと紹介をした。
「で、こっちが執事兼助手の巽」
巽と紹介された竜衛は、軽く頭を下げた。内ポケットから、銀縁眼鏡を取り出して鼻にかける。しかしわざわざ、眼鏡をかけるワケは何なのだろう。
「…普通は配役が逆じゃないのか」
サム・ペキンポーがハードボイルドの掟を忘れて、呆然とした面立ちで言う。確かに普通は、名探偵明智に助手の小林少年はつきものだけれども、反対に名探偵小林少年に助手の明智であることはないはずである。
「これは、普通のお話じゃないんでいいんです」
玲はあっさりと応える。わかったような、わからないような返事であった。登場人物が揃って、鳥が豆鉄砲を食らったような顔をしていたのは言うまでもない。
「それより君は何で、女装をしてたのかね。君も女装愛好者だったのかい」
作品名:たんていきたん 作家名:ツカノアラシ@万恒河沙