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ツカノアラシ@万恒河沙
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novelistID. 1469
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たんていきたん

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「山田良子。いや、中川大介と呼ぼうか。お前は、被害者の行方不明の娘に成り済まし遺産を横取りしようと図ったのです。そして、被害者を殺し、部屋の鍵を閉めた後、その怪力で鍵を壊したのであります」
…なんて、そんな細かいことまで知っているのだろうか。それに、なぜゆえその怪力で鍵を壊さなければならなかったのだろう。そもそも、何故「息子」になりすまさないで、敢えて「娘」に成りすます必要があったのだろうか。謎である。因みに、状況としては多少の面白みがあるが、現実問題として密室殺人に意味はそれほどない。
「何故バレたの。変装は完璧だと思っていたのに」
山田良子、もとい中川大介は『がーん』と効果音が書かれたプラカードを右手比もってショックを受けていた。どうやら、自分では完璧に美しい女装姿だと自画自賛していたらしい。たぶん、彼の家には鏡がないか、もしくは彼の審美眼が恐ろしく狂っているのだろう。
それにしても、彼がショックを受けた理由は、犯人と名指しされたと言うよりも女装に関してのものと思われた。これはおかしい、おかしすぎる。
「…今まで、バレてないと思うほうがおかしいんじゃないの」
あやめが中川の醜い男の女装姿を評す。名探偵を除いた全員が頷いているところから、どうやらこの場にいる人間は皆知っていたらしい。そう言われて見てみれば、厚塗りのぬりかべのような恐ろしい顔は男のものにちがいない。しかし、変装をするにも他に手段があるだろ、と言いたくなるような女装姿である。それにしても、今までどうして誰も指摘しなかったのだろうか。
「個人の自由ですから」
あきらが明るく、謎に答えてくれた。彼女は、とても楽しそうだった。確かにその通り。
「でも、アタシは犯人じゃないわよ」
あっさりと、中川は否定をする。女装がバレたのに、相変わらず女の仕種がやめられないらしい。いや、もしかしたら元からそういう趣味があるのかもしれない。
「あのね。いい加減、その気持ちの悪い女言葉やめてくれませんか」
名探偵は頭が痛くなってきた。頭痛だけではなく、おまけに、もれなく叶き気まで丁寧についてきた。
「あら、そうね。バレでしまったからには仕方がない。実は、私は新ピンカートン探偵社日本支部の腕利き社員で被害者からの依頼でこの島にやってきたんだ」
おいおい。
「…なぜ、女装を」
名探偵が目を点にして、中川に尋ねる。中川は名探偵の問いに重々しく頷く。いつのまにか主人公権は名探偵から中川に移っていた。
「それも依頼の内だ。変装して島に乗り込むように指示されたんだ」
中川は指示が書いてある手紙を面前に差し出した。確かにそこには、『なお、島は来るときには、必ず変装をしてくること』と書かれている。だからと言って、わざわざ女装姿じゃなくても良いと思うのだが。どうだろう。しかし、中川はすっかり自分の女装姿が気に人っているのか、着替えるそぶりさえみせなかった。いや、もしかして元から女装趣味があったのかもしれない。女装癖の有るフランケンシュタイン。何か、壮絶なものを感じるのは間違っているのだろうか。
「山田氏は、心配していたのだよ。自分の愛人が、自分のことを殺すに違いと思いこんでいた。そして、その愛人が彼を殺したんだよ。そう、いつものようにコトに及んでいる最中に被害者を無残にも殺した」
それにしても、見てきたように話す輩だ。もしかして覗いていたのだろうかと疑うほどである。殺されるのをじっと覗いていたならば、それもそれで悪趣味としか言えないのではなかろうか。
「その愛人とは…」
< 名探偵の視線があやめとあきらの上に彷徨う。いったいどちらが、愛人なのだろうか。二人とも、面白そうな顔で中川のセリフを聞いている。どちらが、愛人であったとしてもバレることはないと考えているのは明白だった。
そして、中川はいかにも聴衆を意識した態度で犯人を指名した。そう、これからは中川の独り舞台が待っているのである。これからやってくるはずの、称賛と嵐のような拍手が中川の躯を熱くさせた。
「宮城高次、お前だ。お前が犯人だ。お前は、被害者と同性愛の関係にあったが、それを解消するために殺人に及んだのだ」
名探偵の顎が外れる音がした。いや、名探偵だけではない。他の聴衆も、驚いたように執事の青白い顔を見つめていた。ここから、夢までに見た中川の独り舞台が待っていたはずだった。しかし、そうは問屋がおろさないのが、ならわしである。
「それは少し単純すぎると思いませんか」
執事は無表情なまま、中川を見つめた。中川の指摘にも全く堪えていないらしい。確かに、中川が動機として挙げた同性愛関係の解消ならば、殺さなくても他に手段は色々ありそうではある。
「同性愛を動機にするならば、わざわざ女装をしてきたあなたこそぴったりとくるんじゃないんですか」
執事はせせら笑った。確かにそれも一理あるような気もする。
「それもそうですね。もしかしたら、屍体は世にも珍しい容貌の好み持っていたのかもしれない」
名探偵は、例え動機が違っていても自分の名指しした犯人説を捨てられないことから簡単に同意をする。それにしても、女装のフランケンシュタインが好みという趣味は俄に信じがたい。しかし、世の中には変な好みを持っているひともいないこともない。
「ちっちっち、それは違うな。多くの服装倒錯者は女装することにより、自信が増大し、普通の身なりをしている時よりも自分が男らしく感じるのだよ。しかも肉体関係の点で同性愛である人の占める割合は、ごくわずかしかないと言われているのだ。」
「要するに、中川さんは自分の男らしさに自信がないってことですよね」
あきらがにっこりと微笑んで、だめ押しをするように言った。可愛らしいだけあって、その唇から発せられる言葉は怖い。どうやら、この人物は他人を絶望の谷に突き落とすのが趣味らしい。はっきり言って良いタチではない。
「どうみても、女らしくも見えませんけど」
兄の竜衛があきらを沓めるように言った。しかし全くフォローにはなっていなかったのは言うまでもない。全くどういう兄妹だよ、こいつらは。
「そんなことは解っているよ。私を犯人あつかいしてくれたお返しだ」
宮城はいきなりぞんざいな口調になった。どうやら、こちらが彼の地なのだろう。宮城は自信に満ちた足取りで聴衆の前に進みでた。今度は宮城にスポットライトが当てられるようである。
「私の考えでは、犯人は大道寺あやめ。理由は、卑怯極まりない恐喝だ。彼女は、被害者が正規の手段で財産を手にいれてないことを知っていた。だいたい、名前からして彼女が殺人者である証拠。あやめは伝説中の殺女に通じるとして古来から忌み嫌われた名。殺人者の名前として、これほど似合う名前もないだろう。私は、何を隠そう宮城高次とは仮の名前、実の名はサム・ペキンパー。探偵組合の所属のハードボイルド派の探偵なんだ」
サム・ペキンパーはどこからともなく、よれよれのトレンチコートと中折れ帽を取り出すと、それらを着用する。そして、煙草をくわえるとニヒルに笑ってみせた。
「異人さんだったのか、君は」
名探偵は開いた口が閉まらなくなっていた。それにしても異人さんはないだろ、異人さんは。
「いや、生粋の江戸っ子で」