たんていきたん
美食家探偵が尋ねる。彼の手にもいつのまにか、次の新しい鳥のもも肉が握られていたりする。どうやら、これが彼のトレードマークらしい。室内では良いが、室外でも鳥のもも肉を持ち歩いているのだろうか。
「私は、女装愛好者じゃないぞっっ」
未だに、女装をやめない中川が虚しい反論をする。しかし、余り説得力がないのは言うまでもない。
「いいえ、先ほど言った通り、今日は『少年探偵』なだけです」
玲は、他の人には良く解らない説明をする。不親切なことこの上なし。
「…それより、どうやってあのワンピースの下にそんな恰好ができたのよ」
美少女探偵江戸川乱子が不思議そうに首を傾げた。女性らしい質問である。乱子の手には床に投げ出されたあきらのものだった衣類が握られていた。どう考えても、青柳あきらこと聖玲が着ていた白いレースの縁取りがされた黒いワンピースはひざ上の丈だったからだ。確かに謎である。
「それは、企業秘密です。それより、ずっと気になっていたんですけど。僕、実は神田川一生氏とは友人なんてすが、ここにいる神田川警部は全くの別人なんですよ。なぜでしょう?」
玲は乱子ににっこり笑ってみせると、今まで悲しいほどに影が薄かった警視庁猟奇課警部を振り返った。今までセリフすら一言もないのだから、とてつもない影の薄さである。偽物と断定された神田川は渋い笑みを浮かべた。
「ふっ。バレては仕方がないな。私の名は…」
そして、重々しく頷いて神田川が、もったいぶって正体を明らかにしようとした。しかし…。
「いまさら、そんなことはどうでもいいわ。どうせ、あんたも名探偵のひとりなんでしょ」 乱子のセリフに全員が頷くと、それっきりニセ神田川には見向きもしなかった。
「ちょっと、誰か私の名前を尋ねてくれー」
ニセ神田川は悲痛なる悲鳴をあげた。が、二度と彼には晴れ舞台が巡ってくるチャンスはなさそうである。よよよと泣き崩れるニセ神田川の目の前に、同情に満ちた眼差しの玲か見下ろしていた。
「残念でしたね。だいたい、偽名に使った名前が悪いですよ。神田川一生と名乗る人物には、こういう運命が必ず待ち受けているのです」
玲が厳かなる予言でも下すように言った。そして、それまで同情に満ちていた眼差しを消すと、唇の片端をつり上げるような人を馬鹿にした笑みを浮かべたのである。
そして、ふりだしに戻る。
「船頭多くして、船山に登るみたいでございますね」
巽がどこからともなく持参した、ティーセットで勝手にお茶会を開いていた。青磁のティーポットから、琥珀色の紅茶が音を立ててカップのなかへ注ぎ込まれる。紅茶で満たされたカップはご主人様の玲の目の前に差し出された。
カップを受け取った玲は、目の前でもめている探偵たちを妙に感心しながら温かく見守っていた。要するに、二人だけ非日常のエアポケットに避難しているらしい。
「…何か凄いなぁ。そうそう見られる光景じゃないよ。神田川警部にもぜひお見せしたかったなー」
玲はにこにこしながら、紅茶を一口含んだ。なんだか、とても楽しそうである。少なくとも、事件の渦中にいる当事者めとるような態度ではなかった。
「神田川さんがご覧になっていたら、それはそれで大変な事になっていたのではございませんか?」
しかし、他の探偵達は楽しいどころではなかった。なぜならば、登場人物が探偵だけしかいないという、恐るべき異常目体になってしまったからである。こんなことになるとは、いったい誰が予想するだろうか。
「どうなっているんのよ、この状況。名探偵ばかりじゃ、話が進まないじゃないの」
乱子はいらいらとしたように、爪を噛む。美少女探偵を名乗るだけあって、彼女はメイド姿からセーラー服姿に変わっていた。個人的に言わせて貰えば、彼女はセーラー服 よりもメイド姿のほうお似合いだったと思う。
「しかし、古今東西の探偵小説では名探偵が犯人だったというオチも数多くあるからな」
中川が自分以外の探偵達の顔をぐるっと見回した。因みに時間も相当経過したのにも関わらず、まだ女装をやめてない。よほど気に入っているらしい。
「じゃあ、誰が犯人なんだ。そうか、貴様が犯人だな。お前だけ犯人扱いをされなかったじゃないか」
自称サムーペキンパーは名探偵を指さした。名探偵は冗談じゃないとばかりに、首を左右に振る。
「そんな無茶苦茶な……私は名探偵だぞ」
名探偵には悪いが、そんな無茶苦茶が罷り通るのだな、この話の場合。
「あのー、わたくしめも指名されてないんですけど」
ニセ神田川の発言はあっさりと無視された。神田川と名乗っただけでこんなにも影が薄くなるとは、彼も考えていなかっただろう。
「待ってください。だいたい、みなさんはずいぷんとご立派な推理があったじゃないですか」
玲がいかにも、わざとらしい口調で尋ねる。いやにゆっくりとした口調と、顔に張り付いているようなアルカイックスマイル。
「あんなもの、相場だよ。相場」
と、自称サムーベキンパー。その言葉に探偵たちは、同意見だったらしい。どうやら、彼らは登場人物表を見て犯人の目星をつけただけと見える。こんなんで、本当に良いのだろうか。
「そうよ、セオリーに則った推理ですもの。外れる方がおかしかったのよ」
乱子が力いっぱい言う。とても、悔しいらしい。しかし、それで本当にいいのか。
「…みなさま、確率の問題でもおやりになっているのでございましょうか?」
巽が小声で、隣に座っている玲に囁いた。確かに、そんな気がしないでもない。しかし、そんなので犯人を決めていたら、まるで○曜ワイド劇場を見ながら俳優で犯人を当てるのとそうかわらないような気がする。
「そうかもしれない」
玲が嘆息をした、その時。どこかで、何かが切れるような音がした。その音は部屋の隅からしたものだった。そして、そこにいたのはニセ神田川だった。ニセ神田川は、鬼気せまる表情でどなり始めた。
「くそっ。いつまでも、無視してんじゃねーよ。このヘボ探偵たちめ。犯人は、この俺。動機はな、この俺が大事にしていたクリスティーナちゃんを汚した復讐よ。そうさ、あの子は天女のよう。俺の理想の女性だった。あの時、俺が探偵の依頼を受けたとき彼女を連れてこなければ、あの野郎に見初められることもなかったんだ。俺はクリスティーナちゃんの仇を取ったんだっっ」
どうやらニセ神田川はとことん無視された事で、とうとう切れてしまったらしい。あからさまに目の色がおかしかった。
「クリスティーナって誰?」
乱子が胡散臭そうに、にせ神田川に尋ねた。
「幼女のダッチワイフ」
ニセ神田川が、そう答える。趣味が悪い。悪すぎるぞ、ニセ神田川。ニセ神田川の返事を聞くと探偵たちは、円陣を組むとニセ神田川に聞こえないように事件内容の審議会を開いた。
「動機にしては品位が…」
「話として…」
探偵たちは暫く話し合っていたが、結論が出るとニセ神田川の方を振り向き、こう合唱した。それはそれは見事な合唱だったことは言うまでもない。
「却下っっ」
「な、なんてだ」
ニセ神田川は、残念なことに簡単に自分の告白を否定されてしまった。あまりのあっけなさに、ニセ神田川は呆然とする。呆然しているニセ神田川に探偵たちは、口々に却下された理由の述べはしめた。
作品名:たんていきたん 作家名:ツカノアラシ@万恒河沙