嘘一つ定食
「お兄さん、いらぁっしゃい!」
威勢の良い掛け声が、食堂のお母さんからあった。
高見沢は突然「お兄さん」と呼ばれて、ちょっと嬉しい。
気分良く席についた。
そこへお母さんが、ヒビの入った湯飲みに茶を持ってきてくれた。
高見沢はその茶碗をそっと掴み、おもむろに口へと持っていった。
それと同時に、お母さんが「お兄さん、お腹空いてんでしょ、さっ、何にしましょ?」と急(せ)かせてくる。
高見沢は何を食べるかまだ決めてない。
「ちょっと待ってよ、うーん、何にしようかなあ」
高見沢は茶をすすりながら、壁に貼られたメニューを一つ一つ目で追っていく。
そして中央にあった、すす汚れたお品書き、それを見て目が点になってしまった。
『嘘一つ定食 : 千円也』
それはなんと、そう書かれてあったのだ。
高見沢は興味を持ち、「あの嘘一つ定食って、どんな定食なの?」と直ぐさま尋ねてみた。
すると食堂のお母さんは澄ました顔で、不思議なことを仰るのだ。
「ああ、嘘定ね、お兄さん、字で書いてある通りよ、美味しくって、人気あるんだよ。なぜなら・・・・・・嘘一つが盛り込まれてあるからよ」
「ほっほー、嘘一つがね・・・そんな定食ってあるの? どんなんかなあ、じゃあ、お値段は千円だけど、それ頼みまっさ」
高見沢はもう興味津々、迷わずそれを注文した。
「あいよ。おまえさん、こちらのお兄さんに、ホント屋名物の『嘘一つ定食』、一丁!」
お母さんが厨房のダンナの方へ、少し字余りだが、そんな大きな声を発した。
そして待つことしばらくだった。
いろいろと食べ物が盛られた洋皿が一つ、それにゴハンにスープ。
お母さんがそれらを高見沢の目の前に並べてくれた。