20日間のシンデレラ 第3話 黒魔術って信じる?
イダセン 「えーつまりもののかさの事を体積と言い、一辺が一センチの立方体の体積を一立方センチメートルと言います。 体積を計算で求めるには公式があって立方体は一辺×一辺×一辺で答えが出て来ます。 では直方体を求める公式はなんでしょう?」
一斉にイダセンから当てられないように目線をそらす生徒達。
黒板の隅に書いている日付を確認するイダセン。
イダセン 「じゃあ今日は7月6日だから出席番号6番の……」
陸の方を見るイダセン。
熱心にノートを取り、授業を聞いている陸。
イダセン 「……何だかわからんが急にお前の答えが聞きたくなった。 出雲陸、答えなさい」
席を立ち上がる陸。
周りの視線が集まる。
陸 「たて×横×高さです」
イダセン 「よろしい」
着席する陸。
再びノートをとりながら真剣に授業を聞いている。
その様子を見ている花梨。
目に涙を浮かべている。
〇男子トイレ
換気扇が回る音。
掃除用用具入れの近くに置いてある消臭剤。
小の便器には古くなったのか、ひびがいったのかガムテープで補強をしてある。
実際、汚くはないけれど建物自体が古くなっている為、やはりあまり綺麗ではない印象を与える。
突然、扉が音を立てて開く。
必死な顔で掛け込んでくる陸。
陸 「(やべぇ……腹が……)」
一瞬にして大の方の扉を開け、中に閉じこもる陸。
息を切らし、額の汗をぬぐっている。
ズボンを下ろそうと手に掛けたその時、聞こえてくる声。
男子生徒A 「何かさぁ出雲、気味悪くないか?」
声がトイレ内に響く。
動きがピタッと止まる陸。
扉の向こうからコツコツと足音が聞こえてくる。
息を潜める陸。
5年4組でも影の薄い男子生徒二人組みが入ってくる。
きゅっと蛇口を回し手を洗いながら、
男子生徒B 「そうだよな、 ほんと別人みたいだもんな。 雰囲気も話すカンジも。 てか俺がびっくりしたのはあの授業だって。 なんであんな問題あいつに解けるんだ」
男子生徒A 「さあな……女子にももてやがるし」
男子生徒B 「……お前、羨ましいんだろ?」
男子生徒A 「違うわっ、馬鹿! ただますます嫌になったよ、あいつの事」
トイレの壁にもたれ掛かり聞き耳を立てている陸。
男子生徒B 「清水と喧嘩してからみんな出雲に近づこうとしないもんな」
まだ少し濡れた手を振るっている男子生徒B。
男子生徒A 「あん時はほんとびっくりした。 清水怒らすのだけはやめとこう」
男子生徒B 「はは……そうだな」
男子生徒A 「池田ってさ……やっぱ出雲のこと好きなのかな?」
男子生徒B 「どうだろう。 けどみんな出雲のこと気味悪がってるんだぜ? 池田もやっぱ同じだろ。 もしかして池田のこと狙ってんのか?」
男子生徒A 「まっ、まさか……」
男子生徒B 「何、照れてんだよ? まっ、それはないか。 お前はゲームが恋人だもんな。 早く帰ってFFでもしようぜ」
段々と遠くなっていく男子生徒達の声。
扉がバタンとしまる音が聞こえる。
壁にもたれかかったままズルズルとその場にしゃがみ込む陸。
やかましくなり続ける換気扇を見つめて、
陸 「はは……腹痛、治まっちまった……」
〇5年4組 ベランダ
手すりに手をつき、ぼーっと一人外を眺めている陸。
空は雲ひとつない快晴。
太陽はいまだにぎらぎらと輝いている。
視線を下の運動場に向ける陸。
わいわいと元気な声が聞こえてくる。
鬼ごっこをしている生徒。
鉄棒で逆上がりの練習をしている生徒。
ジャングルジムに登っている生徒。
ドッジボールやキックベース、手打ちなどボールを使って遊んでいる生徒。
一年生から六年生まで入り混じり、みんなそれぞれ好きな事をして楽しんでいる。
陸 「(はぁー何か完全に一人になっちまったみたいだな俺。 無理もないか……)」
ため息をつく陸。
少し笑いながら、
陸 「(こんな状況でこんな事を思う俺もほんとどうかしてるのかなって思う。 けど一歩、引いた今の状況は皮肉にも彼らを客観的に見れているような気がするんだ……)」
振り返ってベランダから教室の中を見る陸。
鬼ごっこをしている清水。
げらげら笑いながら全力で鬼から逃げている。
清 水 「つかまるかよ、バーカ」
陸 「(馬鹿で元気で正直でそれでいて純粋で、現実に冷める事なくいつも全力で何かを楽しむことができて……)」
机の上に座って他の生徒と話をしている米川。
米 川 「俺は世界一有名な米川カンパニーの社長になるんだ。 お前も社員にしてやるぞ」
藤 川 「嫌だよ。 俺は柔道のオリンピックで金メダルをとるし」
陸 「(何も知らない。 けど何も知らないからこそ周りを気にする事無く、馬鹿みたいに大きな自分の夢や目標も堂々と言うことができて……)」
女子と話をしている前田。
前 田 「本当だって! パンをシチューにつけるとすごく美味しいんだって。 もしかすると牛乳にパンってのも意外といけるかもしれないなぁ……」
女 子 「えーっ!」
陸 「(好奇心旺盛で失敗を恐れず何にでも挑戦しようとする)」
ベランダから教室に戻る陸。
陸 「(大人になるって何なのだろう? 俺は世間一般に言えば大人だ。 けどそんな事、聞かれたってさっぱり分からない。 ただ常に周りから求められるものは、頭の偉い学校を出て、いい資格を持っていて、給料が高くて安定した仕事に就いている。 まるでそれらによってその人の人間性を決められるかのように。 確かに生きていく上で必要な事なのかもしれない。 けど今なら何となく思う。 俺達、大人は何か大切な事を忘れているんじゃないか? 彼らから学ぶような事は沢山あるんじゃないか?)」
そのまま生徒達の間をすり抜けて行く陸。
騒がしかった教室が一瞬、静かになり視線が陸に向けられる。
気にせず教室を出て行く陸。
〇廊下
陸 「(柄にもなくそんな事を思ってしまった。 実際、俺もそんな事、偉そうに言えたような出来た人間でもないのにな……花梨……清水……俺はほんと何をしてるんだろう……)」
ふらふらと歩いて行く陸。
階段を上っていく。
〇3F
考え事をしながらふらふらと歩き、いつの間にか音楽室の前までやってきてようやくわれに返る。
陸 「(おっ……いつの間にここまで来てたんだ。 まるで夜中に出歩く夢遊病者みたいじゃないか。 ……帰ろう、いくら悩んだって仕方ない……)」
引き返して階段の踊り場まで来て一旦止まる陸。
視線を上に向ける。
屋上へと続く階段があり窓からは光が差し込んでいる。
さらにその先を見ると、もう使われなくなった机が積み上げられており行く手を阻んでいる。
それを確認してから、階段を上り先に進んでいく陸。
陸 「(懐かしいなぁーまだあったんだ。 昔、よくここを登ったのが見つかって怒られてたっけ)」
作品名:20日間のシンデレラ 第3話 黒魔術って信じる? 作家名:雛森 奏