舞うが如く 最終章
折から降り始めた雨に、八重が傘を拡げました。
そこへ若い娘が、雨宿りをする様子も見せずに、一目散に坂道を駆けおりてきました。
濡れながら先を急ぐ娘を見た八重が、その娘を呼び止めました。
「若い娘が、
いたずらに身体を濡らしてなんといたす。
傘をさしあげるゆえ、さしてゆくがよい、
われらは、歳ゆえに、もう身体をいたわる必要もなければ、
遠慮をいたさずにさしてゆくがよい。
のちのちに、丈夫な子供を産んでくださればそれにて、充分に有りまする。
・・・それではまいりまするか、琴どの。」
渡された傘を手にしたまま、唖然として立ち尽くす娘を尻目に、
二人は、悠然として武道館への坂道を急ぎます。
その武道館では詩織の娘で、
17歳になる綾が、試合にのぞむ寸前でした。
登場してきた女性剣士の姿に、館内からは軽いどよめきが起こります。
やがて、見つめるその目が好奇の色に変わります。
しかし、一人を抜き、二人を打ち破るうちに好奇の眼差しが、なりをひそめます。
息も切らさずに、三人目を綺麗な小手で打ち負かした時には、
ほとんどの観客が立ち上がり、やがて惜しみの無い拍手を送り始めました。
4人目と相対して、接戦の末、惜しくも僅差で敗れた時には、ため息と共に、
熱戦をねぎらう賞讃の声が飛びかいました。
惜しみない拍手が鳴り響く中、
綾も観覧席で手を振っている琴の姿に気がつきました。
防具を外した綾が、はじけるような笑顔と共に、その手を大きく琴に向かって振り始めます。
「ほうら、ごらんなさい・・・
あの喜びよう!
まるで、あの頃の、琴さまのようです。」
「いえ、わたしなら、
あと4~5人は、軽く片づけました。」