舞うが如く 最終章
二人の背後に座っていた詩織が、八重の耳元へゆっくりとした声で語りかけます。
「わたくしも琴さまより、
死ぬほどの、きつい稽古を受けました。
でも才能が無いのが解るとあっさりと、あきらめてもらいました。
やれやれと思って、ほっとしておりましたら
どうしたことか、そのうちに生まれた私の子供、あやには才能があるというのです。
それからです・・・琴さまの、猛特訓が始まりました。
それはもう、綾の場合は、もうなにもかもが格別でした。
有る時などは、雪が降っておりまして、
これならば、いつもの階段の駆け登りの鍛錬も休みになるであろうと、
一同が安心をしていましたら、
琴さまが、階段の雪を綺麗に掃除をいたしてしまいました・・・
あの時は、わたしどもも、仰天をいたしましたが、
わかりましたと、平然と答えて、出掛けて行ったあの子、綾にも、
また・・・唖然といたしました。」
「なるほどねぇ・・・
やはり、遣ること成すこと、
あの娘は、琴どのに生き写しのようです。」
八重が声をたてて笑いはじめます。
その途中で、思い出したようにぽつりと言いだしました。
「そういえば、
昭和天皇がわたくしに、勲章などをくださるそうです。
日清、日露の戦争で、看護をつくしたことへの報償ということですが、
幕末に、あれほどまでに朝廷に盾ついた、
会津の小娘に、そこまでしてもいいのでしょうか、
なにやら時代も、ずいぶんとかわりましたねぇ。」
「あらまぁ、勲章ですか、
凄い事です、八重殿。
まったくもって、羨ましい限りです。」
「・・・琴さま、なにをおっしゃる。
あなたの勲章なら、、ほうら、武道場の真ん中で、
あんなに生き生きと輝いているでは、ありませぬか。
まるで、あなたに見ているようです。
実に見事に、舞っていらっしゃいます。」
「なるほど、喜んで舞っているようですが、
わたくしならば、
すべてを、まとめて片づけてしまったというのに。
3,4人に勝っただけで喜ぶとは、
あの娘の修業も、まだまだですね。
なれども、
あの舞い姿は、実に見事です。」
こののち、琴は、
88歳とも89歳ともいわれて、その天寿をまっとうします。
激動の幕末から明治、そして大正を、剣と生糸に捧げ尽くして生き抜いた
美人の女流剣士・琴はこの後、昭和のはじめに、その生涯を静かに閉じました。
舞うが如く・完・