舞うが如く 最終章
修理を一手に引き受けていた勇蔵とは、
いつしか顔なじみとなり、(一人身で全国を渡り歩くこの男と)
親しくなってしまいました。
詩織を育てている身とはいえ、タケもまだ24歳の若さです。
色白で聡明な雰囲気と、妖艶な容姿を併せ持つタケの風貌は、
年若い娘たちが打ち揃う工場の中でも、見劣りがしないほど際だっていました。
落ち着いたその柔らかい物腰が、むしろ成熟した女の性を醸し出しています。
勇蔵がその気になり、この二人が男女の仲になるまでに、
それほどの時間はかかりません。
しかし、さすがに大人同士の交際です。
人目を忍んでの逢瀬を繰り返してきましたが、それでも二人の関係は、
いつしかいまや公然の秘密と変わってきました。
ここ最近のことです。
ふさぎこんでいる咲の様子を心配して、タケが、渓谷に近い高台へ咲を呼び出しました。
くるりと振り向いたタケが、咲の瞳を真正面から見つめます。
「その目は、間違いなく恋煩いそのものだねねぇ~、咲。
相手を言ってごらん、
あの馬引きの、根利(ねり)の青年かい?。」
咲が図星に、頬を真っ赤に染めました。
「やっぱりね。
で、どうするんだい、この先は。
見ているだけなら、何事も変わりゃしませんよ。
わたしなら、後も先も考えずに、さっさと身を投げ出してしまうけど、
あんたには、到底無理な話だわねぇ。
しかしぼんやりしてても、時間が無駄になるだけだ。
悩んでいるだけでは、何事も始まりませんよ。」
「・・・タケさまほど、強くはなれませぬ。
胸がつまって、苦しいだけで、
たまに、お顔を見るだけで、もう胸がドキドキとして・・・
居ても立っても、どうにもいられませぬ。」
「惚れると、おなごは、みんなそうなるものなのさ、咲。
仕方がないわねぇ・・・
思い切って、お前の思いのたけを手紙をかいてごらん、
私が届けておいてあげるから。
琴様に、お習字の手ほどきを受けたお蔭で、
最近のお前様は、綺麗な文字などを、たくさん書いている様子です。
それだけの想いがあるのなら、
思い切って、手紙に託してごらん。」
「できませぬ!
そんな、はしたない真似なんぞ。」
「はしたない?
おやおや、この子はほんとに、おぼこだねぇ。
万葉の時代だって、女が歌を詠んで意中の男を誘ったんだよ。
男はもともと女の元に、通ってくるものと、昔から相場が決まっております。
女がその気になって、あの手この手で男を呼ばなけりゃ、
誰一人として近寄ってなんぞ、来るもんか。
気のきいた、恋歌の一つでも読むことだね。
そうすりゃあその後は、
この、私が何とかいたします。」
「そんなぁ・・・
琴様に、きつく叱られてしまいます。
それほどまでの、大それたことなどは・・・
とても私には、無理そのものでありまする。」
「良いですか、咲。
その琴さまから、万事のすべてをお前に任すから、
咲をなんとかしておくれと、しっかりと頼まれました。
・・・いいかい、咲。
待っていて、世の中が変わるのであれば、
誰も苦労などはいたしません。
自ら動いてこそ、時代も変われば世も変わります。
お前様も、もういい加減に、覚悟を決めて、
古い皮などは、きれいさっぱり破り捨てておしまい。
ただし・・・
何事にも適度に限度というものがありまして、
見境がなくなると、私のような、しくじりまでを産むにいたりまする。
まぁ・・・本人が言うのもなんですが、
その悪い見本というものが、
このタケのような、生き方です。」