小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

読み違え&萌え心を揺さぶるシリィズ

INDEX|2ページ/14ページ|

次のページ前のページ
 

読み違えドイツ詩妄想仕様・その2〜Ach ich sehne ich


** 本作は『女学校』シリーズの『春の嵐』に掲載していました **

「会長、『あとがき』を読みました。何ですか、あれ。ハイネの詩のくだり。お手持ちの方がいらしたら、眺めてみて下さい? じゃあ、お手持ちでない方はどうしたらいいんですか?? そんな手抜き姿勢で、よくも《ノベリスト.jp内にドイツ詩を普及させる会》(非公認・非公式・総会員数1名)の会長を名乗れますね!」
 ――という、ひとりクレーマーごっこで始めてみた(寂)。

 長いこと、私の脳はハインリヒ・ハイネを受けつけなかった。ドイツ詩にのめり込むきっかけとなったのがライナー・マリア・リルケの作品だったためか、リルケの硬質かつ鋭利な世界と比べると、ハイネのそれは私には“激甘”の一言に尽きた。喩えるならば、チョコレイトに生クリィムのっけて砂糖をトッピングした洋菓子。
 ただの食わず嫌いと判明するのは、『女學校』シリィズを構想中の脳が、気分転換を求めて触れた瞬間だ。訳者が片山敏彦氏であったことも幸いした。昭和26年発行の『ハイネ詩集』には、旧き時代さながらの古文体が多くみられ、正直、「???」な作品も少なくない(これは訳者の問題ではなく、ひとえに私の古文読解能力の欠如ゆえ)。
 しかし、完璧に理解できなくとも雰囲気は伝わる。明治から昭和初期を舞台とした『女學校』には、うってつけの一冊だった。

 さて、一ノ幕『春の嵐』は、こんな場面で始まる。

 今朝も、教室へ入るなりお垂髪を弾ませながら茜さんが駆けよってきた。袖珍本を大事そうに抱えている。
「おはよう、葵さん。ねぇ、これご覧になって。素敵な詩だと思わない?」
 学芸が不得意なあたしは、またしても文学知識のなさを露呈させることとなった。
「おはよう、茜さん。今度はどなたの作品? ジュリー?」
「……もしかして、シェリーのことかしら?」

 ここで茜が葵に「素敵な詩だと思わない?」と示しているのが、以下の作品。

      ああ、わが心あこがる
      悲しく甘き恋のなみだに。
      われはおそる、このあこがれの
      遂(つい)にただあこがれに終らざるを。

      ああ、恋の楽しき悩み
      その苦き楽しさの、またしても
      神々しく強き苦しさもて入り来(きた)る、
      癒えかけしこの胸に。

                ※ 片山敏彦氏訳『ハイネ詩集』(新潮文庫)

 百篇を超える詩群中、とりわけこの作品からは、エス――すなわち“下級生の上級生への秘めた想い”がビシビシと伝わってきた。
 ハイネが百合を意識せずとも(当たり前だ…)百合モードの脳で読んでしまえば、あ〜ら不思議、見事、百合…怖ろしいことではある。
 ちなみに、シェリーはイギリスのロマン派詩人。例によって例の如く(※)ドイツ詩とは無関係なため、これ以上は触れず・語らず・拡げもせず(酷)。

※『Sonnet 18〜夏の日』参照