エディブル ユー
男の家から歩いて二十五分(といっても私達は駄菓子屋で寄り道をしていたので実際歩いていたのは十五分くらい)して、店に着いた。
外に出ているカートを押して店に入るとジャズが流れていた。
私は特別音楽に詳しいわけじゃなかったけど、それは人を落ち着かせるというよりは、眠たくさせるようなものであった。いつもの私ならば、どうしてこんなものを、と思うようなものであったけれど、それは隣にいる男と私の関係性を赤子でも理解してしまうほどに明確に表現された様なものであったため、憤慨するよりむしろ喜ばしく感じた。今の私たちにとって美しすぎるほどにぴったりなバックミュージックだった。
少し店内をうろついて、パスタソースの缶詰をそっと取る。別にこれが食べたいな、と思って取ったわけではないミートソースの缶をじっと見る。赤というか朱というかあいまいな色が小さなミンチを飲み込むかのような絵が、グロテスクに見えてしまう。
私はそっとまた元の場所へと戻し、バジルソースの缶詰を取ってカートに入れて、レジを通った。店を出る時、あのジャズの音が徐々に小さくなっていくのを耳で感じながら、もう来ないだろうなと少し泣いた。