エディブル ユー
時々、自分以外の人と話しているときに、その場の雰囲気だとか空気の歪みだとかのズレを感じる。
――カラン、
「あっ」
「、どした?」
「ほら、ラムネ。 ラムネが売ってるの」
私が指でつうっと、男の視線を誘導させる。
色あせた駄菓子屋の表に出ていたバケツの中に、ラムネがいる。バケツのすぐとなりには一本105円いう文字と、季節を少しだけ先取ったようにちいさなスイカのイラストが添えられてある値札がいた。今に抗っているようにも見えるそれと、氷水に居座るラムネそれぞれを、私はじっと見つめる。まるで私のようだと感じる。
「ああ、懐かしいな」
そんな私の隣で、男が過去を愛おしんでいるのを見て、私はそういうことではないのにな、と不の思いを微量だけ溢れさせ、そうね、と微笑んだ。
自分のとは異なり、少し焼けた色をした男の手が、ラムネをもとある場所から手に取る。ラムネが一本抜き取られ、一本分だけの空虚がバケツに生まれる。その隙間が生まれた三秒後には、他のラムネが氷水の中でころんころんと倒れ、漂う。彼らの場所も変わったのだと悲しくなった。
「これ、ください」
男がそう言ってラムネを差し出すと、店の老婆がゆったりともう一本のラムネを取り出して、
「お二人で飲んでくださいな」
と、私に渡してくれた。
ラムネはより多くの人と飲んだ方が楽しい気持ちが膨らみますから、と教えてもらったが、私は先ほどの一本分と、今の一本分の空虚があまりにも気になっていたので、ラムネの代金と感謝の言の葉を渡すことしかできなかった。
それから二人で歩きながら、ラムネを自分の口に運んだ。
ラムネは私の喉をちくちくと攻撃した後、お腹にすとんと落ち着く。
「すっごく美味いな」
と男があまりに嬉しそうに笑うので、つられてほほ笑むように苦笑した。
時々、自分以外の人と話しているときに、その場の雰囲気だとか空気の歪みだとかのズレを感じる。