エディブル ユー
目蓋をゆっくりと上げたのなら、そこには朝を告げる光が大きな窓から差し込んでいるだけ。かかっている鮮やかなライトグリーンのカーテンが、窓が少し開いていたためか、ゆらゆらとはためいている。カーテンがふわりと膨らんで、しぼんで、と押し寄せては返す穏やかな波のよう。ふと床を見ると、少しだけ外からやってきた桜の花びらが入り込んでいた。
私はただその光景を、視界のぼやけた目でぼんやりと眺めていた。朝の陽が寝起きの身体を包み込むように温めてくれている。鼻をくんとさせれば、一年ぶりの春の匂いがする。一年前の私ならその匂いに、待ちわびたのだとにがい言葉を心の中でつぶやいてから、心躍らせていたはずなのに、今は胸だとか腕だとかが少しだけズキズキと痛んでいた。望んだ春が床に落ちているというのに、私の心は晴れることはない。
ドアの向こうの方でベットがきしむ音がして、とっとっと足音がこちらへ近づいてくる。そうして、足音が消えれば、ガチャリと音の主がリビングへのドアを開ける。
「なんだ、来てたのか」
声のする方へ目を向けるために起き上がると、Tシャツと短パン姿の男が瞳に映る。男の顔は、驚いた表情をしつつも微笑を浮かべていた。男の隣にある鏡が窓からの光を反射しており、ちょうど光が私を捕らえたため、ぼやけいる目が少しだけ痛かった。
「声かけてくれれば、ベッド貸したのに」
「だって、ぐっすり寝てるのに邪魔かと思って」
男は一言では言い表せない複雑な顔をして、頭を掻いた。少しだけ男の匂いが鼻に届いた。いい匂いでも、いやな匂いでもない。ただ私の知っている男の匂い。
「もう十一時だけどさ、なんか食いに行く?」
そう言われて、この間一緒に食事をしに行ったイタリアンレストランのパスタの味を思い出す。
「じゃあ、買い物しに行かない? 私、作るから」
少なくとも、もう一度食べたくない味だったのだ。