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夜の蜘蛛

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 お粥を持ってきてくれた父さんが申し訳なさそうな顔をしながら会社に行った。父さんは何にも悪くないのに。
 結局、私は天井の蜘蛛のことを話さなかった。確か、おばあちゃんが朝に見た蜘蛛は殺しちゃいけないよって言っていたんだ。
『朝蜘蛛は親の仇でも殺すな』
 そういう言葉があるらしい。朝蜘蛛に会うと”待っている人”が来るんだそうだ。そんなの迷信だろうけれど、この蜘蛛を殺すとおばあちゃんが悲しむような気がした。

 少しだけお粥を食べてから枕に頭を乗せると、ちょうど顔の真上にあの蜘蛛がいた。天井からポトリと落ちてくるのを想像して寒気がした私は、逃げるように布団から出る。
 汗で濡れたパジャマと下着を脱衣所で着替えると、仏壇の写真に「おはよう」と挨拶をして、トイレに行ってから自分の部屋に戻った。
 まだ同じ場所に蜘蛛がいたら布団を居間に敷こうかと思ったけれど、その姿は天井のどこにも無かった。勉強机の下やタンスの隙間を覗いても見つけられない。部屋を捜し回っているうちに体調が悪化して、立ち止っても世界は回り続けている。
 なんとか布団の中にいないことを確認すると、私は崩れ落ちるように横になった。身体がいつもの三倍くらい重たくなる。襖は開けていたから部屋の外に出て行ったのかも知れない。今はそう信じるしかない。
 寝ている顔の上にあの蜘蛛が張り付いているイメージを振り払いながら、私は目を閉じた。


作品名:夜の蜘蛛 作家名:大橋零人