夜の蜘蛛
夜の蜘蛛
目が覚めると天井がグニョリと少し歪んでいた。いや、もしかしたら歪んでいるのは私の方なのかも。まあ、グルグルと回っていた昨日の夜よりはマシかな。
「どうだ熱下がったか?」
襖が開いて入ってきたのは背広姿の父さん。私の額の上にグローブみたいに大きな手が乗せられる。
「まだ熱いな」
こうして寝込んでしまうのは珍しいことじゃない。私が学校を休んでもクラスの連中は誰も驚かない。小さい頃からずっとそうだった。高校の制服を着る頃には普通になれるかもなんて思っていたけれど、もうそんな期待は消えてなくなった。きっと高校の制服を着ることもないだろう。
「お粥食べられるか?」
「うん」
父さんが立ち上がって台所へ向かう。首を横にして枕元にある時計を見ると7時を過ぎていた。私のせいで父さんはまた遅刻だ。
こんな時、おばあちゃんは蜜柑ジュースを作ってくれたな。コップの中のお湯に蜜柑を皮ごと入れてスプーンで押しつぶして砂糖を加えれば出来上がり。温かいからジュースって感じじゃなかったけれど、これを飲むと不思議と体調が良くなったように感じた。でも、私が作っても同じ味にはならない。
もう一度天井を見上げた私は悲鳴のような息を漏らした。そこに這っていたのは大きな蜘蛛。薄い茶色の背中にあるふたつの黒い楕円の模様がドクロみたいに見える。たぶん私の手の平くらいのサイズで、モソモソと長い脚を動かしていた。
私はこういう虫系が苦手だ。蜘蛛や青虫やGはもちろん、蝶や蟻だって好きじゃない。あのグロテスクな姿、ものすごく小さな脳と無表情、踏めばグチャリと潰れる脆さ。全てが嫌いだ。
小さい頃は虫を見ると泣きながらおばあちゃんに抱きついていた。今だって私が頼めば父さんが両手に殺虫剤と丸めた新聞紙を携えたハンターになってくれる。