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舞うが如く 最終章 5~6

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 19歳になった咲にも、意中の人ができました。

 少し細身で浅黒く、目もとが涼しい、気持ちが素直そうな青年でした。
水沼から3里ほど山中に入った根利(ねり)と呼ばれる集落で、
狩猟と炭焼きで生計をたてている山師と呼ばれる一族からの派遣です。


 生糸の大量生産は、同時に大量の繭と蚕を養育するための広大な桑園を必要とします。
山での木こり仕事を生業としてきた一族が、雑木林を切り開いて桑苗を植えました。
少女たちは工女の見習いとして糸繰り工場へ働きに出て、
若い男たちは、苦役や蒸気機関の補佐として技術の習得に通って来ていました。


 慣れ染めは、ささいなことから始まりました。


 いつものように、煮繭の朝の仕事をすませてから
朝食後に、渓谷に沿って半里ほどの道を咲が走っている時のことでした。
喉の渇きを感じた咲が、河原に降りて水を含みました。
戻ろうとしてその一歩目を踏み出した瞬間に、濡れた石に足元を取られ、
体勢を崩してしまいます。
かろうじて、踏みとどまりはしたものの、
足首をくじいてしまいました。



 運悪く自宅までは、最も遠い距離にありました。
痛みをこらえながら、咲が道を戻り始めたときでした。
後ろから追いついてきた青年が、何も言わずにいきなり咲を抱き上げると
連れてきた馬の背中に、ひょいと乗せてしまいました。


 「足を痛めたようであるが・・・
 大事はないか?」


 馬上では、咲がうろたえたままです。
コクリと小さくうなずきましたが、痛みと恥ずかしさに同時に襲われ、
馬上の咲は、真っ赤に染まってしまいました。
それ以上を語らない青年が、軽く馬をいなすと、あえてゆっくりと
工場のある下流へと向かってその歩み始めます。