双子の月と影の少女
フィルは言って、微笑みました。少女は少し考えた後に、フィルに微笑み返しました。愛らしい無垢な笑顔に、フィルは胸をすごくドキドキさせたのでした。
それから毎晩、双子の月は代わりばんこに少女の元へ通いました。
ラサは少女と一緒に夜空の下で花を摘んだり、風と一緒に歌ったりして遊びました。フィルは天空から見た美しい景色や、謎めいた遺跡のことを話したりしました。
双子の月と少女はとても仲良くなって、早く自分の番が来ないかと待ちわびるまでになっていました。
夜に双子の月が同時に昇らなくなってしばらくしたある日のことでした。ひかりのとりが世界の上を飛び去り、地上に少しずつ夜の闇が湧き出し始める中、双子の月のどちらも、中々空に上がってこないので、暗がりだけが満ちていきます。
双子の月は、空の根元で言い争いをしていました。
「ラサ、約束したじゃないか。順番に、あの子の所に行くんだ。今日は僕の番だよ」
「だって、会いたいよ。あの子はかわいくて優しいんだ」
ラサが金の目をしばたかせ、寂しそうに言います。
「僕だって会いたい。でも約束なんだよ。それに、ただでさえ二つの月が昇らなくなってしまって、皆を困らせてるんだ。これ以上勝手なことをするわけにはいかないよ」
賢いフィルにそう言われてしまっては、ラサは何も言うことができなくなってしまいます。
何も言い返せないラサは、大人しく空へと昇っていきました。それを見て、フィルは地上へと降りていきます。
――双子の月だからでしょうか? ラサとフィルは、同じ少女を――泣き虫な影の少女を好きになってしまっていたのでした。
更に日は過ぎ、双子の月が毎晩遊びに来るようになって、少女が泣くことはほとんどなくなりました。
そんなある晩、光るキノコの胞子を集めて遊んでいたラサに、少女が話しかけます。
「ねえ、あなたたちはどうして一緒に遊びに来てくれないの? 皆で遊んだ方がきっと楽しいよ」
「僕たちは双子だから、一緒に来たらきっと見分けがつかなくなっちゃうよ」
ちりちり輝く胞子を息で飛ばしながら、ラサは困ったように言います。
「でもでも、あなたたちは二つの月と同じ目をしてるから、きっと分かると思うの。私、自信があるのよ」
退かない少女に、ラサはいよいよ困ってしまいます。
「そうだなあ……始めてあった頃にお話ししたよね。君は月が二つ出ていると、明るい所にいけないんだって。君はずっと泣いていた」
光るキノコの胞子の眩しさに目を細めながら、少女はラサの言葉に耳を傾けます。
「あんまりずうっと泣いてるから、かわいそうだって思ったんだ。だから僕は、僕たちは会いに来た。すべての生き物たちの悲しさや孤独を夜の中に溶かすために、僕たちはいるんだ。君の涙の一滴も、海より広い夜にこぼしてしまえば、きっと悲しくなくなる……君はもう、寂しくないでしょう? 真っ赤だった目も空より青くなって、ほっぺただって花みたいに赤いんだ」
ラサは少女のほっぺたをつついて言いました。
「僕が君と一緒にいる間、空には銀色の月が浮かんでる。金色の月が浮かぶ日は、僕は会いに来ない。行けないんだ。僕が、僕、僕たちは」
その先はどうしても言うことができず、ラサは口をぱくぱくさせます。誰にも喋ってはいけないことを話していたのに、ラサはやっと気づきましたが、もう遅く、少女はちょっとだけ寂しそうに微笑みました。何度見たって、これ以上美しく、愛しく感じる物は地上のどこにもないだろうと、ラサは思います。
「やっぱりそうだったの。月のような目をしていたから、もしかしたらって思ってた」
少女はラサの顔や服に沢山ついた光るキノコの粉も気にせず、小さな体でラサに抱きつきました。ラサも、その温かな腕で少女を抱きしめます。
「ありがとう。やっぱりお月さまは、大好きよ。こんなに暖かくて、優しいんだもの」
「僕も君のことが大好きだよ。ごめんね、ずうっと黙ってて……謝りたかった。ああ、謝ることが増えちゃったな」
少女に移ってしまったキノコの胞子を掃ってやりながら、ラサはとても悲しそうな声で言いました。
「僕の、僕たちのせいで、君を泣かせてしまって、本当にごめんね。しょうがないのかもしれないけど、君だけは泣かせたくなかったって思うんだ」
優しく、ゆっくりと少女から離れて、ラサは言いました。
「誰にも知られちゃいけないことを、僕は話してしまった。だからきっと、もう会えない。ごめんね、僕あんまり頭がよくないんだ」
急な別れに、少女は驚きました。
「どうして? あなたはお月さまだけど、月が地上に降りちゃいけないなんて、誰が決めたの?」
「王さまかな? 僕たちじゃとてもお話しすることすらできない、えらーい王さま。空の一番高い所に住んでるんだ」
夜空を見上げると、ぼんやり光るキノコ林の隙間から、きらめく胞子を振りまいたような星空と、銀色の月が広がっていました。
ラサは少女に背を向け、歩き出します。
「双子の月は、ずっと君の友達だよ」
それだけ言って、ラサは答えも待たずに空に昇って行ってしまいました。まだ少し服についていたキノコの胞子が、ラサのこぼした月光と混ざって、乾いた涙の跡のようにも見えるのでした。
次の晩は、大変な夜となりました。数ヶ月ぶりに双子の月が昇ったと世界中が安堵する中、当の金と銀の月は、高い所で大喧嘩をしていたのです。
「どうしてあんなことを言ったんだ!」
「あの子は気づいてた。絶対フィルだって、同じようなことになっていたよ!」
「答えないことだってできたじゃないか。僕たちは元々物言わぬ空の住人なんだ。本当は、ただ寄り添うだけでよかったんだよ」
「そんなこと、できるのかい? 僕たちは、あの子のことを、好きになりすぎてしまったんだ!」
双子の月は、自分たちがあまりにも少女の傍に居すぎたことを悔いていました。「空の住人は、地上の住人と関わってはいけない」という、空の王の言いつけがあったのです。
「最初の晩に、王さまには知られてるよ。きっとあの子は、不思議な運命にあるんだよ」
ラサは涙を浮かべながら言いました。まだ金の月の所に、王の言葉は届いていませんでした。けれども、もう少女の元へ行くことができないだろうと思っていました。
「僕たちにはどうしようもないんだ。王さまの言葉を待つしかないよ」
フィルは双子の涙をぬぐってやりながら、そう声をかけてやりました。そうすることしかできませんでした。
その晩は、フィルもラサも地上をほとんど見ませんでした。世界に夜が訪れた時も、自分たちが言い争いをしていた時も、ずうっと少女のすすり泣く声が聞こえてきたからでした。
フィルは不機嫌そうに少女の鳴き声が聞こえないほど高くまで昇り、ラサは声こそ出さずとも、ずっと涙を流していました。
それから何度か日が巡った晩のことでした。
双子の月は空に昇って、仰天しました。彼らの元に、<空の王の言葉>が届いていたのです。
――すべての命に幸福と安らぎを与えること――
淡く光る星の表面に刻まれた非常に短い言葉を読み上げて、双子の月は顔を見合わせました。
「これってきっと、いいよってことなんだ!」