時間移動における矛盾の解消方法に関する考察
この例でいくと、Xという地点からXⅠ、XⅡ、XⅢ……という風に階層的にエピソードが積み重なり、そしてYという地点に到達するのだが、時間移動によってX地点をFに変えてしまうと、その上に重なるのもFⅠ、FⅡ、FⅢ……というように、「その書き換えた状態を基準に歴史を構築していく」ため、その未来はG地点というY地点とは別の未来になるという現象が起こる。
もしかしたら「ブラジルの蝶の羽ばたきが、テキサスにハリケーンを起こす」という言葉を聞いたことがあるかもしれない。これはこのバタフライ効果の名前の由来になったと言われる言葉なのだが、蝶の羽ばたきという微々たる現象が、ハリケーンという巨大規模の現象を招くことがあるという意味で使われる。
この言葉はバタフライ効果の影響を上手く表していて、今回の歴史変化におけるバタフライ効果というのは、過去に対するちょっとした些細な改変が、自身の危機や世界の危機に繋がるような大きな規模の歴史変化を生む現象のことを言う。
もちろんそこまで大規模の事態にはならないにしても、私Nが私Bから鍵を盗んだことで私Bの未来が変わってしまったことも、小規模ではあるがバタフライ効果による現象であると言えるのだ。
さて、二つ目のタイムパラドックス解消法にいこう。覚えてない人もいるかもしれないので、もう一度書く。
・私Bから私N、そしてさらに未来の私までの歴史は絶対に変化せず、どう足掻いても必ずその結果になる。
こちらは歴史変化型とは違い、こじつけに近いところがあるかもしれない。だが、私はこちらの解消法のほうが好みである。詳しく見ていこう。
こちらの特徴は、歴史は変化するという前者と違って、歴史は絶対に変化しないというところである。では、歴史は変化しないとはどういうことだろうか。
私Bが無事に家の鍵を開けてタイムマシンを起動し、過去に遡行して私Nとなり、私Bに対してアクションを起こすというところまでは一緒だ。ここで歴史変化型だと、矛盾したところはパラレルワールドに分裂するか、歴史が上書きされ、矛盾した地点からの未来が変化する。つまり「結果が別もの」になってしまっていた。
しかし今回の歴史が変化しない型(歴史非変化型と名付ける)は、歴史が変化しない、つまり私Bは家に着いたときに必ず鍵を持っていて、必ず家に入り、必ずタイムマシンを起動して時間を遡行しなければならないということである。矛盾が起こるところは、私Nが私Bから鍵を盗んだのにもかかわらず、私Bは鍵を持っているという状況になってしまっているところだ。つまり、ここを解消してやればいいのだ。
ここで重要なのは、私Bは必ず過去に遡行して私Nとなり、そして私Nの目の前にいる私Bも必ず過去に遡行するので、過去から未来までの歴史も世界も私も、分裂は起こさない。同じ時間に私が数人存在してしまうという状況にはなってしまうが、プロセスを辿っていけば最後にはちゃんとすべての時間的矛盾が解消される。
さて、私Nが私Bから盗んだはずの鍵を、私Bが家に着いたときに持っているという状況だが、この矛盾を解消するのにもう一人登場してもらう人物がいる。そう、もう一人の「私」である。どの時代の私かというと、私Nよりも未来の私、つまり「私A」である。Aというのは言うまでもなくアフターのAのことだ。
私Bが私Nから鍵を盗まれたのにもかかわらず、家に着いたときに私Bが鍵を持っているという矛盾に対して、「私Nが気づかないところで私Nから私Bに鍵が移っている」と考えれば良い。この作業をするのが私Aなのである。
もちろん、私Nが私Bに直接鍵を返しても構わない。私Nがタイムパラドックスを恐れて返したのかもしれないし、突然心の中に悪魔のささやきが聞こえて、なんだか返さなきゃならない気がしたので返したとしても良いかもしれない。ようは、鍵が私Nから私Bに戻ればいいのである。
しかし物語的には、なんだかそんな気がするなんて抽象的な思考で動く主人公より、時間の流れを上手く持っていかなければまずいことになる、と奮闘する主人公のほうが楽しい作劇となるだろう。そのための未来からの私、私Aなのである。
さらに、他の人物ではなくなぜ私Aなのかという理由に、私Bと私Nに起きた状況を一番知っているのは、もちろん未来の私だから、というのもある。別の私なら、私Bよりも過去の私でもいいのかもしれないが、時間の整合性を取るという役割ならば、未来の私のほうが使い勝手が良いし、未来から自分を助けにくるという構図もなかなか恰好良い。
さてその私Aの登場により、今回の矛盾がどのように解消されるのだろうか。まず全体の流れを通して見てみよう。
私Bは道を歩き家に着く。家には鍵がかかっているので鍵を取り出し、解錠して中に入る。そこでタイムトラベルをして数十分前に戻る。いま過去に戻った私は私Nとなり、その戻った先にいるこれから帰ろうとする私Bから、私Nが鍵を盗む。よっていまの私Bは鍵を持っていない。しかし、家に到着した時には、私Bは鍵を持っていなければならない。
そこで、未来から私Aがタイムトラベルしてきて、私Nと同じように私Bと、さらには私Nの様子も伺える場所に隠れることにする。私Aは二人の様子を伺いながらタイミングを見て、私Nが私Bから鍵を盗んだ能力と同じものを使って私Aは私Nから鍵を盗み、その鍵を私Bに気づかれないように元のポケットに返した。このとき私Nは鍵を盗まれたことを知覚出来ないということにしよう。
この一連の流れによって時間的な矛盾はなくなった。私Bは家に到着したときに鍵を持っていて、タイムトラベルもちゃんとすることが出来る。この大まかな流れができれば、あとは私Nから私Aまでの流れなどを、さらなる矛盾が起きないように補足していけば良い。この例の場合はどうなるか、最初からちょっと例を書いてみよう。
――私は家に帰るために道を歩いている。家に着いた私は家の戸に鍵がかかっていることに気づいた。なので、私はポケットから鍵を取り出し、解錠して中に入った。それからキッチンに向かい、ヤカンに手を掛けた私は、そのタイムマシンを起動して過去に遡行した。
過去に来た私は私Nとなり、その過去の私――私Bから気づかれないように鍵を盗んだ。そのまま私Nは私Bのあとを追いかけたが、私Bはなんと鍵を持っていて家に入ってしまった。そしてそのままタイムトラベルをしてしまったのだ。私Nはしばらく考えていたが、ふと鍵に目を向けると、私Bから盗んだ鍵が無くなっていることに気づいた。
そして私Nは思案しながらもキッチンに向かい、 さっきと同様にヤカンに手を掛けた。そしてまたタイムトラベルをした……。
またしてもタイムトラベルをした私Nは私Aとなった。そして私Aは、私Nと私Bの二人の様子を伺える場所に隠れた。私Aはなおも思案していたが、私Nが盗んだはずの私Bの鍵を再び私Bが持っているというこの状況に対し、私Aがその鍵を私Nから私Bに戻す作業をしなければならないことに気づく。そして私Aは私Nから鍵を盗み、私Bに戻した。
作品名:時間移動における矛盾の解消方法に関する考察 作家名:ともひろ