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舞うが如く 最終章 3~4

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 手招きをした琴が、先に立って道案内をします。
渓谷沿いのこの狭い道を少し下ると、水沼製糸所へつづく坂道のふもとへ出ます。
この坂を登きって小高い丘を反時計回りに辿って行けば工場の長屋門の先に、
琴と咲の住まいが現れます。


 「咲、お客様です。
 兄のところよりは、お土産もいただきました。
 なれど、この手にした重さの様子では、酒の肴ぐらいにしかなりませぬ。
 今宵の夕食は、あらためて大人の3人分を用意いたします。
 聞いておりますか、咲。
 今夜の食事は、大人3人分を作りますよ。」


 咲が、驚いて飛んできました。
乳飲み子を背負って突然現れた、若い婦人の様子にさらに仰天をしてしまいます。



 「見ての通りです。
 この家は、おなごが二人のみで暮らしています。
 赤子をおろして、くつろぐと良いでしょう。
 遠慮はせずに上がってください、
 直に、温かいものなども用意させましょう。」



 
 琴に促されて、婦人が囲炉裏のある座敷へ上がりました。
居ずまいを正しながら、帯を解いて乳飲み子を背中から降ろそうとします。
咲が飛んできて、赤子を両手で素早く受け止めました。
あまりにも手慣れたその様子に、今度は琴が驚きの声をあげます。

 
 「おやまあ、お前様!
 ずいぶんと、手慣れた様子です・・・
 咲には、赤子の経験が、豊富の様にも見えますね。」


 「はい、琴さま。
 近所の子供たちを、幼いころよりあやしてまいりました。
 下級の武士は、そのほとんどが向こう三軒両隣の、長屋も同然の住まいです。
 隣も、そのまた隣も、我が家も同然の暮らしでした。
 貧しい者どうしが、肩を寄せ合い
 助け合って暮らしてまいりました。
 私もそのようにして、面倒を見てもらいつつ、
 育てられたようでありまする。」



 咲が目を細めて懐かしそうに、この赤子をあやし始めました。
琴も目を細めて、その様子を眺めています。


 「申し遅れました。
 浅田タケと申します、
 旧姓は、内村と申しました。」


 「それは・・・
 離縁をされた、ということですか。」


 「亡き母の実家が、
 この界隈と聞いて、訪ねてきてみたのですが、
 ただ、途方に暮れるばかりでありました。
 あの折りに、
 お声をかけられた時には
 誠に、内心は、ほっといたしました。」


 「なるほど。
 それで、得心をいたしました。
 そういうことであるなれば、ここでの遠慮はいりませぬ。
 咲や、本日より、家人が増えるようになりました。
 女が、4人になるとは、何んとも賑やかなことにありまする。
 家じゅうが、いっぺんに華やぎまする。」


 「・・・そのようには、ございまするが・・」


 「さすがに、
 お前は察しが良い。
 そうと決まれば、話は早い。
 早速に、夕餉の支度にとりかかりましょう。」



 「では、私めは何を?」


 問いかける浅田タケに、琴が笑顔で答えます。


 「客人とあらば、
 囲炉裏などで、充分におくつろぎください、
 というところでありまするが、
 家人ともなれば、話しは別です。
 咲や。
 タケどのには、お風呂の支度などをお願いする故、
 湯殿へ案内の上、手順などを説明いたすがよい。」



 「承知をいたしました。
 なれども、琴様、それでは・・・
 我が手に有る、この赤子の面倒などは、
 一体、どなたがなさるのでありまするか?」


 「それも当然にそなたであろう、咲。
 隣も、その隣も家族同然で、
 一様に赤子をあやしてきておるゆえ、
 赤子の世話は、お前にとっては、大の得意にあろう。
 新米母のタケ殿よりも、
 お前の方がはるかに熟達した様子でもあると、この琴は見た。
 なによりもそなたが、最前より、
 自ら、そう申していたであろうに。」


 「・・・私は一等工女にて、乳母にはありませぬが。」


 「いく末の、
 さらなる赤子の稽古にもなろうというものです。
 私は、小太刀と薙刀だけは誰にも負けず、大の得意にはありますが、
 育児は、ことのほかに不得手そのものにありまする。
 そうですね・・・それでは
 工場にては、一等工女として自らの仕事に励み、
 我が家にては、乳母の役目も担うということにいたしましょう。
 咲や、心して修業に励むがよい。」


 「そんなぁ~、琴さま!」