カクテル
夜中のうちに天井にぶら下がった繭玉を割り、ソレにぶら下がって翅が伸びて固まるのを待った。
朝日が差し込む頃、青白かった翅は透明になり、付け根の筋肉も問題なく動きそうだと確信する事ができた。
彼女も隣に吊られた繭の向こうで美しい翅を広げているに違いない。
つまりこういう事だ。
巨大な隕石が近づき、もう直ぐ地球は致命的なダメージを受けるが、人類はまだ気づいていない。
古くから地球に潜伏していろいろな調査を行っていた昆虫型エイリアンは、何とかしたいが地球人全てを救う事はできない。
そこで、いろいろな機関を利用して救うに値する者を選別して助け出そうとしたのだ。
どうやら選定の基準は、後々問題を起こしたりしない、どちらかと言うとヤル気の無い人畜無害なタイプの人間を集めたようだ。
これには少々ガックリ来たが、文句を言える筋合いで無いのは承知している。
そして、昆虫型人類の彼らの宇宙船で生活するには、遺伝子レベルでの肉体改造が必要らしいのだ。
エマージェンス(羽化)と名付けられた薬品はゆっくりと我々地球人類の身体を変質させ――。
あの晩は最後の仕上げのカクテルを我々に――。
真横から射す朝日の中、俺と彼女は洋上に浮かぶ巨大宇宙船を目指して六階のベランダから飛び発った。
同じように、あちこちから撰ばれし者が飛び立つ様は壮観という以外に言葉が見つからない程であった。
故郷のおふくろも連れてきたかったが、今となっては仕方の無い事なのだろう――。
何しろお袋は近所でも評判の肝っ玉母さんで、日本人の常識については殊更うるさいタイプの人間なのだ。
おわり
2003.04.29脱稿 2012.1.18微妙に改稿 原稿用紙9.2枚